『大日本維新史料 編年之部』 2編 5 安政1年2月24日~同年3月5日 p.670

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本使節に米清條約を示したり、而して使節は殆んと一週間の討議の末、之に答て曰く、, て米清條約と同一の者を拒絶したる所以なれ、其後も彼等は知りつゝ之を條約の中に, べきを以てせしかは、彼等は初て同意するに至りしなりと、日本人は公務と私用とを問は, す、外人の永住を欲せざる者にして、この事は已に述へたる一事にても明かなり、乃ち彼, は永く泰西の人と交りしも、我は只長崎に於て清蘭二人に交通せしのみ、, 貴國と清國との間に現存する如き通商を開かん〓は、未た我國に能はざる所なり、清人, 例の事なるべし、故に若し其家長にして下田に居住せは、又婦人にして其地に來住する者, 彼等は又我人民の妻女を有するを知るべし、又一家族は其家長の住するの地に從ふは通, 等は曰く、吾人は下田に婦人の來住を欲せずと、下田は吾人と貿易の爲に開きたる港なり、, 其所謂る吾人と清人との間に現存する如き通商とは何んぞや、日本人か條約文に於て讀, あるべき筈ならすや、然れとも更に甚たしき者あり、讀者は知らるゝべし、提督は先に日, 加ひざりし者なり、彼等か吾人との條約に於て、已を得す永住を許せし者只領事一人にし, て、破船又は通商の爲下田・箱館等に來る者は、只一時の滯留を許容せしのみ、是等の米人, みし如く、吾人の爲に五港を開き、米國臣民の來港を許し、尚進て家族と共に其地に居住, し、以て商賣を營む〓を得る者是なり、而して是の一事こそ彼等が細心して之を避け、以, 安政元年三月三日, 六七〇

  • 安政元年三月三日

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  • 六七〇

注記 (17)

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