『大日本史料』 12編 46 元和八年七月~同年八月 p.369

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迫害の最も盛なりし頃、長崎に於て、一五九七年, 食物を整へん事を提言せり、されど、其の逃亡に際して彼等が加擔せし事は確證無かり, き、彼等は信仰堅固なりし爲め死刑を宣せられ、前者は長崎に於て、後者は矢上に於て, 斬首せられしなり、, せられたり、カスチリヤ語とポルトガル語とに依りてオランダ人等の通譯を勤むるガス, レ・フロレス及びツニガに對して憐憫の情を寄せたり、彼等は兩パードレに對し最良の, 〕、九月二十三日, 及び長男は火刑に處せられ、他の二人は斬首に處せられたり一, 九月の末(, の命に依りて五名は悉く殺害せられたり、マティアスと其の妻、, 又彼等の書記を勤むるジャン・ゴロビォエ, に他の二人の犧牲者あり、一は長崎に於て、他は矢上に於て殺害, の兩人はパード, の殉教に關する教皇廳の調査, 奉行即ち, 知事なるマノヨ, ○五郎, は競ひて其の遺骸を求め、大なる崇敬を以て之を收めたり、と、, も、光榮ある殉教の極めて高き品位あるものなりしを以て、人々, 十八日ニ當ル、, 兵衞、, )元和八年八月一, 十五日ニ當ル、, ○元和八年八月, ハル・ナカムラ, ニ當ル、, 員等は、かの殉教者等の遺骸を奪ひたり、此の機會にガルセスは優れたる見解を述べたり、當時迄未知の人なりし, 而も其の死に臨みて頗る雄辯に説教を行ひ、臨席する人々の大いに感嘆する處と成りたり、長崎の或る會に屬せし會, マティアスは無學の者なり, り、五人の者は告解を行ひ、二三囘聖體を受けたり、彼等は斯く, 之丞, 逃走し得べき便宜を與へられしも、之を利用する事を拒みしなり, 唯こ祈祷のみを心得たり、, ○右馬, ○慶長二年, (gaspard nacamoura., gouverneur manoyo), 村、, しが、, 知事なるマノヨ, ○中ヽ, 矢上ニ於ケ, ル殉教, る・中村, 通詞がすぱ, 日長崎及ビ, 書記じよあ, 奉行右馬之, 八月二十六, 丞, 長崎ニ於テ, ん・五郎兵, 慶長一二年ニ, 衞, 元和八年八月五日, 三六九

割注

  • ○五郎
  • は競ひて其の遺骸を求め、大なる崇敬を以て之を收めたり、と、
  • も、光榮ある殉教の極めて高き品位あるものなりしを以て、人々
  • 十八日ニ當ル、
  • 兵衞、
  • )元和八年八月一
  • 十五日ニ當ル、
  • ○元和八年八月
  • ハル・ナカムラ
  • ニ當ル、
  • 員等は、かの殉教者等の遺骸を奪ひたり、此の機會にガルセスは優れたる見解を述べたり、當時迄未知の人なりし
  • 而も其の死に臨みて頗る雄辯に説教を行ひ、臨席する人々の大いに感嘆する處と成りたり、長崎の或る會に屬せし會
  • マティアスは無學の者なり
  • り、五人の者は告解を行ひ、二三囘聖體を受けたり、彼等は斯く
  • 之丞
  • 逃走し得べき便宜を與へられしも、之を利用する事を拒みしなり
  • 唯こ祈祷のみを心得たり、
  • ○右馬
  • ○慶長二年
  • (gaspard nacamoura.
  • gouverneur manoyo)
  • 村、
  • しが、
  • 知事なるマノヨ
  • ○中ヽ

頭注

  • 矢上ニ於ケ
  • ル殉教
  • る・中村
  • 通詞がすぱ
  • 日長崎及ビ
  • 書記じよあ
  • 奉行右馬之
  • 八月二十六
  • 長崎ニ於テ
  • ん・五郎兵
  • 慶長一二年ニ

  • 元和八年八月五日

ノンブル

  • 三六九

注記 (56)

  • 300,667,64,1267迫害の最も盛なりし頃、長崎に於て、一五九七年
  • 765,661,65,2237食物を整へん事を提言せり、されど、其の逃亡に際して彼等が加擔せし事は確證無かり
  • 651,664,66,2235き、彼等は信仰堅固なりし爲め死刑を宣せられ、前者は長崎に於て、後者は矢上に於て
  • 534,665,53,476斬首せられしなり、
  • 1113,670,61,2223せられたり、カスチリヤ語とポルトガル語とに依りてオランダ人等の通譯を勤むるガス
  • 881,677,61,2215レ・フロレス及びツニガに對して憐憫の情を寄せたり、彼等は兩パードレに對し最良の
  • 1805,1910,77,437〕、九月二十三日
  • 1575,670,75,1578及び長男は火刑に處せられ、他の二人は斬首に處せられたり一
  • 1217,668,76,243九月の末(
  • 1695,1244,57,1618の命に依りて五名は悉く殺害せられたり、マティアスと其の妻、
  • 998,1246,59,1081又彼等の書記を勤むるジャン・ゴロビォエ
  • 1229,1244,61,1662に他の二人の犧牲者あり、一は長崎に於て、他は矢上に於て殺害
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  • 1488,666,49,2234而も其の死に臨みて頗る雄辯に説教を行ひ、臨席する人々の大いに感嘆する處と成りたり、長崎の或る會に屬せし會
  • 1613,2363,40,537マティアスは無學の者なり
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