『大日本史料』 12編 46 元和八年七月~同年八月 p.382

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

ジは其の最年少の頃よりパードレ等の總べてなりき、そは、彼等が彼を信仰に引入れ、, 彼等にとりて凡ゆる事物は彼の魂によりて支へられ在りしを以てなり、偖て、獨り殘さ, ードレ等居らざりしを以て、長崎に立〓りて、再び彼等の指導の下に身を置きたり、町, は此等の信徒等にとりていとも有盆なる存在と成れり、されば權六にとりても、福音の, りき、妻子等在れば彼は修道士とはなり得ず、又軈ては信仰告白の爲めに死に就くてふ, 彼の獲得せし例の大なる榮光に迄高めらるゝには至らざりしならん、されど、是を更に, のキリスト教徒の間に弘まるや、彼は人々の訪問を受け初め、彼等は陸續と來りて、其, 一段と高度の物と爲さんには、彼は總べてをデウスの御手に委ぬるを以て足れり、ルイ, れて、己が事柄は己の一存を以て處理し得るに至りたれば、彼は當時アリエにはかのパ, より稍こ離れたる場所に、彼は己が手を以て極めて粗末なる藁葺の小屋を造り、彼處に, 在りて、食物を得る爲め外出する必要有る時以外は、全く隱遁して、デウスと我等の會, の目睹せる彼の生活、聞知せるデウスの事柄に就き互に語り合ひたれば、短期間に、彼, 員とにのみ知られつゝ、絶えざる祈祷と大なる悔悛の裡に時を過せり、されど其の名聲, 使徒等に對する將軍の法令を守る限りは、彼を見逃す事能はずと思はれたり、故に、パ, 信徒ノ間ニ, 名聲弘マル, 長谷川藤正, 長崎ニ移ル, ニヨリ喚問, セラル, 元和八年八月五日, 三八二

頭注

  • 信徒ノ間ニ
  • 名聲弘マル
  • 長谷川藤正
  • 長崎ニ移ル
  • ニヨリ喚問
  • セラル

  • 元和八年八月五日

ノンブル

  • 三八二

注記 (22)

  • 1426,683,64,2205ジは其の最年少の頃よりパードレ等の總べてなりき、そは、彼等が彼を信仰に引入れ、
  • 1306,678,63,2244彼等にとりて凡ゆる事物は彼の魂によりて支へられ在りしを以てなり、偖て、獨り殘さ
  • 1074,683,63,2240ードレ等居らざりしを以て、長崎に立〓りて、再び彼等の指導の下に身を置きたり、町
  • 373,685,61,2235は此等の信徒等にとりていとも有盆なる存在と成れり、されば權六にとりても、福音の
  • 1772,680,64,2232りき、妻子等在れば彼は修道士とはなり得ず、又軈ては信仰告白の爲めに死に就くてふ
  • 1657,676,64,2238彼の獲得せし例の大なる榮光に迄高めらるゝには至らざりしならん、されど、是を更に
  • 611,688,59,2241のキリスト教徒の間に弘まるや、彼は人々の訪問を受け初め、彼等は陸續と來りて、其
  • 1542,699,63,2217一段と高度の物と爲さんには、彼は總べてをデウスの御手に委ぬるを以て足れり、ルイ
  • 1190,686,61,2225れて、己が事柄は己の一存を以て處理し得るに至りたれば、彼は當時アリエにはかのパ
  • 960,685,61,2235より稍こ離れたる場所に、彼は己が手を以て極めて粗末なる藁葺の小屋を造り、彼處に
  • 843,681,62,2248在りて、食物を得る爲め外出する必要有る時以外は、全く隱遁して、デウスと我等の會
  • 488,688,59,2241の目睹せる彼の生活、聞知せるデウスの事柄に就き互に語り合ひたれば、短期間に、彼
  • 728,683,61,2246員とにのみ知られつゝ、絶えざる祈祷と大なる悔悛の裡に時を過せり、されど其の名聲
  • 251,683,61,2232使徒等に對する將軍の法令を守る限りは、彼を見逃す事能はずと思はれたり、故に、パ
  • 730,343,42,202信徒ノ間ニ
  • 688,345,39,204名聲弘マル
  • 381,343,40,214長谷川藤正
  • 1199,340,42,207長崎ニ移ル
  • 337,355,39,205ニヨリ喚問
  • 295,355,34,109セラル
  • 1886,757,44,339元和八年八月五日
  • 1896,2448,43,117三八二

類似アイテム