『大日本史料』 12編 46 元和八年七月~同年八月 p.453

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らるゝを見て畏怖を感ずべしとの異教徒等の期待に著しく反して、容易に立去り難き風, の安らぎへと飛立ちたり、余は彼等の内の或る人の、其の當時は見られざりしも、後日, を監視せり、其の周圍には、晝夜を分たず多數の信徒在りて祈を捧げ、彼等に敬意を表, すべく集りたり、而も彼等は、彼等が恐怖に戰き又は斯くも多數の遺體の粗雜に放置せ, ざるも、而も眞實なりと證明せられたるが如く考ふる人々のみ信ずる處なればなり、彼, が、其の場に三日間に亘りて放置せられしは、信徒等をして恐怖せしむべき爲めなり, られたり、火刑を受けし遺體も、斬首を受けし三十人の遺體も同じく倒れて横はりし, き、されど燃差しの薪を盗む者を防ぐ爲め、番卒等は其の員數を倍加せられて、嚴に之, の落伍者と、他の一人の疑はしき者とを除きしなり〕の多數に及びたる爲め、そは一般, 兵士等は火刑に處せられ、遲きは三時間にも亘りて火に依り凱歌を擧げ、魂と共に永遠, 偖て少しく以前に中斷せし箇所より再び初むべし、かの雄々しき二十二人のキリストの, に至りて幸にも語り出されし、若干の異變には言及するを已めん、そは唯こ風説に過ぎ, 等の榮光ある凱旋は九月十日, に大殉教と呼ばるゝ恩典に浴し、彼等の死に就きたる小さき丘は、聖地乃至聖山と稱せ, の土曜日に當りしが、其の數五十二人〔二人, 五日ニ當ル〓, ○元和八年八月, 祈祷ス, 置サレ監視, 大殉教, 遺骸ハ三書, セラル, 夜ニ亘リ放, 聖山, 信徒集リテ, 或ル異變, 元和八年八月五日, 四五三

割注

  • 五日ニ當ル〓
  • ○元和八年八月

頭注

  • 祈祷ス
  • 置サレ監視
  • 大殉教
  • 遺骸ハ三書
  • セラル
  • 夜ニ亘リ放
  • 聖山
  • 信徒集リテ
  • 或ル異變

  • 元和八年八月五日

ノンブル

  • 四五三

注記 (28)

  • 294,676,59,2243らるゝを見て畏怖を感ずべしとの異教徒等の期待に著しく反して、容易に立去り難き風
  • 1584,675,57,2244の安らぎへと飛立ちたり、余は彼等の内の或る人の、其の當時は見られざりしも、後日
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