『大日本史料』 12編 47 元和八年八月 p.31

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となる、是を松の丸殿と稱す、淀殿の妹、松の丸殿の弟參議源高次、高知の兄、の妻と, 京極丹後守高廣, 母となる、父高知の姉、始若狹の武田孫八郎の妻となる、孫八郎死して後、秀吉關白の妾, なる、始高次、近江守に敍せられ、大津の城に居る、太閤薨じて後、上方の諸侯關東の, 方人となる者は獨高次の兄弟あるのみ、慶長五年關ケ原の役、是時に當りて高次大津の, 從兼丹後守源高知の嫡子なり、祖父高吉の妻は淺井下野守祐政の女なり、淀殿の爲に伯, 城に保して大坂の兵を拒む、, 京極丹後守高廣は、佐こ木義秀四代の孫京極近江守氏信十二代の孫長門守高吉の二男侍, 幼學の寸助となすべしといへり、, 宮津, 侍從兼丹後守高知は高次の弟なり、太閤、之に五千石, 今の宮津は元和の頃迄市場といふ、元より一々の人相集りて物を交易する處なり、元和, 八年京極丹後守高廣、初て城郭を築く、於是市場の名を改め宮津といふ、, るべきや、先學園文囿に少も身を寄しもの、四書・五經・七書の大綱をしるして、諸家, 〔丹哥府志〕, 卷之二與謝郡第一, 宮津の庄, ○中, ○中, 略, 略, 市場, 宮津ノ古稱, 元和八年八月十二日, 三一

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  • 卷之二與謝郡第一
  • 宮津の庄
  • ○中

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  • 市場
  • 宮津ノ古稱

  • 元和八年八月十二日

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  • 三一

注記 (25)

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