『大日本史料』 12編 48 元和八年八月~同年九月 p.484

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旨、厚き懇命を蒙る、, 此時しはらく眞田か故宅に居住す、, らぬ處を擇て賜るへき旨、兩使に兼て内意を含めらるゝ事なれは、諸事遠慮なく談合あ, 四郎右衞門・御代官高室金兵衞を遣はさる、此野〻村は、足下の外舅なれは、諸事心易, るへしと傳へらる、, 相談あるに便りよかるへし、且此度御加増の地は、同國川中島の内にて、上田に程遠か, 命あり、因て登營して〓見す、羽織・時服等を賜る事、例の如し、且上田城は、先年破, 又土井大炊頭利勝を以て内命ありける趣は、上田城渡しの上使には、御使番野〻村, 却せしまゝなれは、修理の料として銀子二百貫目を賜ふへし、心のまゝに修理すへき旨、, 懇の命をかゝふる、よつて其忝きを拜謝し奉り、江戸を發して上田に入部す、, す、, 天正十八年庚寅、秀久、小諸を領せしより、今年壬戌に至て、三拾三年にして封を移, 歸邑の, 八月、, の請取并に入部の月, 日等見る所なし、, 小諸古, 家傳追加・政勝筆記・諸士傳記共に曰、一時、忠政、土井利勝に因て、上田城に移封の事, 小諸古老談に云、移封の時、小諸城内に籾五千俵を積て軍糧とし、, 懇望のよしを請ひしに、利勝いはれけるは、御治世以來、城地を望みし人有る事を聞かす、, 且府兵二十員を置て城附とす、今にいたりて尚存在すといふなり、, 老談, 日し, 話の序を以て窺ふへしと申されけるに、其後二旬はかりを歴て此命を蒙ると云、略, れす、, く、餘の人なれは思ひもよらす事なから、足下の事なれは、折りを見合はせ、御夜〇, 今の時に當つて、かゝる所望は憚からるへき事ならすやと申されけれとも、忠政強て請ひ申けれは、利勝しはらく思, 〓傳、此命のありしを八月に係るは誤れるにや、四隣叢談・小諸古老談に據て是を訂改, ○按するに、上田城には眞田伊豆守信幸居る、此時轉せられて同國松代城に移れる, り、, 惟有て申されけるは、我つら〳〵按するに、兩御所の足下父子に於ける寵遇他に異なるを見る、されは先に申せし加, 小諸城引渡, し、上田城, な, 上田城修理, ノ料トシテ, ノ上使, 上田城請渡, 銀二百貫目, ヲ賜ハル, 元和八年九月二十九日, 四八四

割注

  • の請取并に入部の月
  • 日等見る所なし、
  • 小諸古
  • 家傳追加・政勝筆記・諸士傳記共に曰、一時、忠政、土井利勝に因て、上田城に移封の事
  • 小諸古老談に云、移封の時、小諸城内に籾五千俵を積て軍糧とし、
  • 懇望のよしを請ひしに、利勝いはれけるは、御治世以來、城地を望みし人有る事を聞かす、
  • 且府兵二十員を置て城附とす、今にいたりて尚存在すといふなり、
  • 老談
  • 日し
  • 話の序を以て窺ふへしと申されけるに、其後二旬はかりを歴て此命を蒙ると云、略
  • れす、
  • く、餘の人なれは思ひもよらす事なから、足下の事なれは、折りを見合はせ、御夜〇
  • 今の時に當つて、かゝる所望は憚からるへき事ならすやと申されけれとも、忠政強て請ひ申けれは、利勝しはらく思
  • 〓傳、此命のありしを八月に係るは誤れるにや、四隣叢談・小諸古老談に據て是を訂改
  • ○按するに、上田城には眞田伊豆守信幸居る、此時轉せられて同國松代城に移れる
  • り、
  • 惟有て申されけるは、我つら〳〵按するに、兩御所の足下父子に於ける寵遇他に異なるを見る、されは先に申せし加
  • 小諸城引渡
  • し、上田城

頭注

  • 上田城修理
  • ノ料トシテ
  • ノ上使
  • 上田城請渡
  • 銀二百貫目
  • ヲ賜ハル

  • 元和八年九月二十九日

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  • 四八四

注記 (42)

  • 1833,686,55,536旨、厚き懇命を蒙る、
  • 470,1081,59,886此時しはらく眞田か故宅に居住す、
  • 1328,685,61,2232らぬ處を擇て賜るへき旨、兩使に兼て内意を含めらるゝ事なれは、諸事遠慮なく談合あ
  • 1582,687,59,2233四郎右衞門・御代官高室金兵衞を遣はさる、此野〻村は、足下の外舅なれは、諸事心易
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