『大日本史料』 12編 49 元和八年十月~同年十一月 p.183

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〔參考〓, かへたてまつり、御近習に列す、元和元年、大坂御陣のとき重成病にかゝるにより、これに代, 〔寛政重修諸家譜〕, りてしたがひたてまつる、のち重成が實子右馬助重勝生るゝにより家督を辭す、このとき重, 成が采地近江國淺井郡のうちにをいて三千石餘をわかちあたへられ、別家となる、このとし, 組の頭となる、, 本多藤原忠相, 元和元年十一月、御小性、同二年十一月二十三日、賜千石、同六, 年閏十二月二十八日、美作守從五位下、, 父重成、實子を生かるがゆへに、重次、本氏にかへり阿部の稱號を用ゆ、元和元年、御小姓, 阿部重次, はじめ三浦監物重成が養子となり、その女を室とし、台徳院殿につ, 〔續武家補任〕, 〔續武家補任〕八, 御小性組の組頭となり、のち御小性にうつり、五年十二月二十八日、從五位下山城守に敍任す、, このとし兄政澄卒するにより正次が嫡子となり、三浦をあらためて阿部に復す、, ○中, 六百三, 十三, 作十郎、山城, 慶長四年生, 守、從五位下, 修理、主水、, 下略, ○上, 略, ○下, 略, このとし兄政澄卒するにより正次が嫡子となり、三浦をあらためて阿部に復す、, (寛永五年)(阿部)(阿部), 元和八年十一月三日, 一八三, 元和八年十一月三日

割注

  • 六百三
  • 十三
  • 作十郎、山城
  • 慶長四年生
  • 守、從五位下
  • 修理、主水、
  • 下略
  • ○上
  • ○下
  • このとし兄政澄卒するにより正次が嫡子となり、三浦をあらためて阿部に復す、
  • (寛永五年)(阿部)(阿部)

  • 元和八年十一月三日

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  • 一八三
  • 元和八年十一月三日

注記 (33)

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