『大日本維新史料 編年之部』 2編 1 安政1年1月~同年1月20日 p.205

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問し、提督の意を傳へたり、依て、又大美殿に之れを饗したり。, 旦企畫したる事は、如何なる事情あるも中止撤囘せざる提督の方針に出づ。, 棚原親方安室親方等と北殿に會見し、國王母后の安否を問ひ、貯炭所に番兵六七人を置く事の許可を請ひ、又日本, 貨幣の交換を依頼して退城せり。例に由りて總理官邸と號して大美殿に饗す。提督、大小貨幣約五十弗を出し琉球, 十九人樂手四十三人水主十五人一行都合百八十五人傳馬船十艘を以て泊港に上陸登城し、總理官金武按司並布政官, 貨幣と交換せむ事を乞ヘリ。蓋し、提督は、日本貨幣の琉球島内にて通用したるを知ればなり、百方辯疏せしも肯, ぜず、之を遺して去れり、艦隊出航の日金武按司及棚原親方の名を以て辯疏せしめしも之れを納めず、即ち其の一, 正月六日、提督彼理サスキハンナ、ミスシツピ各艦長以下小彼理等七人士官二十人、通譯支那人一人、武裝兵員九, ー、ハワタン、マセドーネン、レキシントン等四隻出航し、翌四日、米士官水兵百餘人を率ゐて總理官を首里に訪, 月朔日、米士官公館に來りて、石炭倉庫建設費用の支拂、並日本貨幣交換の事を依頼し、越えて三日、モントレ, 白馬節會, 安政元年, 侯十二歳、, 〔尚泰侯實録〕, 七日, 右之通、致吟味、此段申上候事、, ○參考, 寅正月五日, 未, 略、, ○中, 寅, 丁, 安政元年正月七日, 二〇五

割注

  • 略、
  • ○中

  • 安政元年正月七日

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  • 二〇五

注記 (25)

  • 1080,584,50,1243問し、提督の意を傳へたり、依て、又大美殿に之れを饗したり。
  • 422,592,52,1458旦企畫したる事は、如何なる事情あるも中止撤囘せざる提督の方針に出づ。
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  • 518,592,53,2213ぜず、之を遺して去れり、艦隊出航の日金武按司及棚原親方の名を以て辯疏せしめしも之れを納めず、即ち其の一
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