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場にして、五百目・三百目位の古るひたる筒五六挺並べたるまゝ、皆さび折たれば、用をなす, 肥前の士兼て申せし旨にに從ひ、其繰練を示さんと云ひけれは、しはし舟を停めて居しに、, ぞ、此人よく氣を作し、夷狄の患を慷〓して談しき、崎中の市人には類ひ少なりらん、, 筑前・肥前兩藩之領せし島〳〵に、其人〳〵の設けしのみにて、兩番所を始め、其他幕府の命, にて固めし處き、一の砲臺と覺しき程の場はあらず、稻佐崎岩瀬道抔いへるは、御代官の持, 四郎島の頂にて赤旗をふるとひとしく、神の島ゟ打始め、伊王島香燒島等の砲臺まて一齊に, 硝庫を設けて、しかも西洋風に仕なしたるさま珍しくぞ覺ゆる、凡此地の三場といへるき、, 新臺場を見て、漸〳〵に腹もいえ始て愉快を覺へし、是より舟に移りて三四町程乘出せし頃、, べき共思はれず、始の程是を見しに、いと苦々敷こそ思ひて、かたはらいたかりしに、此肥前, 中皆快と稱して手を打ち、あはれ此樣魯夷人に示し度事にありしといひし、日も既に虞淵に, して、其孫まで三代の間、御朱印を賜りて船頭となり、瓜哇邊南海を航して互市をなせしと, 迫れば、是より舟を返して、其餘の砲臺は得見ず、此夜石本卯之助來訪、卯之助祖は了雲と稱, 其備ふ處の大砲は、百五十斤の鐵筒ゟ、八十斤・二十四斤等ニ至るまで凡四五十挺、各其陰に, 放發せしに、海上黒烟を立てゝ其聲雷の如く、しかも戰の實境にせまれり、是時司農始め舟, 十六日、晴、司農以下何れも旅裝をなす、荒尾土州等へ行きて訣す、予其扈從たり、, 演砲ヲ見ル, 幕府所管臺, 佐賀藩士ノ, 場トノ比較, 安政元年正月十五日, 五六〇
頭注
- 演砲ヲ見ル
- 幕府所管臺
- 佐賀藩士ノ
- 場トノ比較
柱
- 安政元年正月十五日
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- 五六〇
注記 (21)
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