『大日本維新史料 編年之部』 2編 1 安政1年1月~同年1月20日 p.573

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

ては決な服從いたさす、彌以敵對いたし、渠より兵端を起取掛候はゝ、固より恥辱ニ不相成, 正月十九日、監物殿え御意之趣認ニ相成、組頭え被渡候覺書寫、, て成すの大義、出張之人數一致ニ合點致し候樣、兼あ之明諭肝要ニ候、其方ニおゐては常々, 樣可致儀勿論之事ニ候得共、多くは此方はやり過候て、大謀を仕損シ候事間々有之候、是又, 心得居候事ニ〓、ケ樣之儀申附候ニ不及と存候得共、大勢之人數ニ候へは、其中ニ若哉心得, 之致方ニ可有之候、前文之通、渠より兵端を起不申内し、瑣細之儀ニは不拘、忍蓄すへき事肝, 違ひ候族有之候ふし相濟かたく、重疊心配いたす事ニ候、一士一卒之所爲ニよつて、天下之, 前段同樣之理合ニ候間、深く其境を勘辨いたし可申事ニ候、此節防禦筋之儀ニ於ては、彌以, 御示を相守、異之鄙情一端之事ニ候はゝ、此方よりは炮矢兵刄を用ひす取鎭候はゝ、甚見事, 要ニ候、いはゆる小を忍ひされは大謀をみたるの境ひ、能々相心得、必也臨事ふ懼れ、謀を好, 動亂を引起候樣之儀も有之候〓し、誠ニ以本意ならさる事ニ候間、能々組取、嚴重に示諭可, は、一揆之者大勢を催し寄來候共、理解を以能々相諭シ、敬服仕せ可申事ニ候、右等之取計に, ○正月十九日家老長岡是容へ, 〔熊本藩主細川齊護直諭, 有之候也、, 安政元年正月十五日, 渡來一件所載, ○肥後藩異國船, スベシ, 部下ニ嚴諭, 安政元年正月十五日, 五七三

割注

  • 渡來一件所載
  • ○肥後藩異國船

頭注

  • スベシ
  • 部下ニ嚴諭

  • 安政元年正月十五日

ノンブル

  • 五七三

注記 (22)

  • 1723,613,66,2232ては決な服從いたさす、彌以敵對いたし、渠より兵端を起取掛候はゝ、固より恥辱ニ不相成
  • 220,650,55,1288正月十九日、監物殿え御意之趣認ニ相成、組頭え被渡候覺書寫、
  • 1026,612,67,2225て成すの大義、出張之人數一致ニ合點致し候樣、兼あ之明諭肝要ニ候、其方ニおゐては常々
  • 1607,606,63,2237樣可致儀勿論之事ニ候得共、多くは此方はやり過候て、大謀を仕損シ候事間々有之候、是又
  • 916,607,64,2242心得居候事ニ〓、ケ樣之儀申附候ニ不及と存候得共、大勢之人數ニ候へは、其中ニ若哉心得
  • 1253,607,65,2240之致方ニ可有之候、前文之通、渠より兵端を起不申内し、瑣細之儀ニは不拘、忍蓄すへき事肝
  • 806,602,64,2245違ひ候族有之候ふし相濟かたく、重疊心配いたす事ニ候、一士一卒之所爲ニよつて、天下之
  • 1487,610,65,2234前段同樣之理合ニ候間、深く其境を勘辨いたし可申事ニ候、此節防禦筋之儀ニ於ては、彌以
  • 1369,607,63,2239御示を相守、異之鄙情一端之事ニ候はゝ、此方よりは炮矢兵刄を用ひす取鎭候はゝ、甚見事
  • 1141,604,65,2241要ニ候、いはゆる小を忍ひされは大謀をみたるの境ひ、能々相心得、必也臨事ふ懼れ、謀を好
  • 694,605,63,2239動亂を引起候樣之儀も有之候〓し、誠ニ以本意ならさる事ニ候間、能々組取、嚴重に示諭可
  • 1843,620,65,2223は、一揆之者大勢を催し寄來候共、理解を以能々相諭シ、敬服仕せ可申事ニ候、右等之取計に
  • 329,713,59,699○正月十九日家老長岡是容へ
  • 450,578,70,674〔熊本藩主細川齊護直諭
  • 589,603,55,237有之候也、
  • 120,721,44,386安政元年正月十五日
  • 446,1283,34,199渡來一件所載
  • 480,1288,34,228○肥後藩異國船
  • 686,243,32,111スベシ
  • 724,233,42,218部下ニ嚴諭
  • 120,721,44,386安政元年正月十五日
  • 114,2366,40,122五七三

類似アイテム