『大日本維新史料 編年之部』 2編 2 安政1年1月21日~同年1月晦日 p.202

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本も了簡を一ツかへ候樣あやしみ候方、却てよろしく可有之候事、, 救方一日も早く御評議、且人馬遣ひ方悉減候樣有之度事、, 不申候間、品川邊物見注進船は格別、處々無用の番船は可成丈減じ、敵より見候るも、日, 相成候はゞ、諸向怠り可申との御懸念も可有之哉ニ候へ共、當分の勢ハ只々敵ニ先ンを, 一右之外すべて御國の疲弊ニ不相成候御工夫、何分こも御勘考有之度、右樣之御仕向ケこ, 岸より防ぎ候ては、所詮勝利無覺束候間、大銃大艦存分ニ御出來迄は、敵を引上ケ候る, 接戰いたし度事ニ候、早く申せば、是迄は陸へよせつけぬと申ス御趣意を變じ、上陸す, かけられ、我は奔命にのみつろれ、此姿こておろしや滯留程の日數を經候はゞ、たとひ, 一此節番船夥く有之由之處、鐵砲等用意之船こも無之、異人乘込候日ニは何の用こも相立, 異賊兵端を開かずとも、御府内始メ不戰る潰可申と、扨々痛心千萬こ候、案山子の如く, 一當分の樣子こて異船長く滯留いたし候はゞ、東海道ハ勿論浦賀近邊其外驛々村々疲弊、, たし候へば、つまる所其〓異賊よりはおそろしく、くれ〴〵も厚く御勘考之事、, 耕作も仕事も不相成、萬民怨怒差見へ、甚不容易候間、何事をも御さし置、右驛々村々御, 異賊へははれものこさはり候樣にいたし、御國大切の百姓をば塵芥の如くむごくい, るなら上陸せよと申ス見識に引返し申度事、, 疲弊ノ驛村, 番船ノ數ヲ, ヲ至急救助, 戰法ヲトル, 減ゼシム, 以佚待勞ノ, スベシ, 策ヲ執ルベ, 海戰ノ準備, 整フ迄ハ陸, 安政元年正月二十三日, 二〇二

頭注

  • 疲弊ノ驛村
  • 番船ノ數ヲ
  • ヲ至急救助
  • 戰法ヲトル
  • 減ゼシム
  • 以佚待勞ノ
  • スベシ
  • 策ヲ執ルベ
  • 海戰ノ準備
  • 整フ迄ハ陸

  • 安政元年正月二十三日

ノンブル

  • 二〇二

注記 (27)

  • 682,691,59,1642本も了簡を一ツかへ候樣あやしみ候方、却てよろしく可有之候事、
  • 1258,686,60,1415救方一日も早く御評議、且人馬遣ひ方悉減候樣有之度事、
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