『大日本維新史料 編年之部』 2編 2 安政1年1月21日~同年1月晦日 p.303

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〔浦賀日乘〕, へし、歸る時、水夫ニ猶楫を取得さる者有之、依之頭立ツ者願出、此方之舟こて送り返し, とそ、兩人を引分ケ、別こ船へ乘セて返したりし、, 守御儒者松崎滿太郎兩人計出座、應接は無之、酒菓子被下、士官以上は格別に不醉、水夫, ろとの評議之、又賜りたる養老酒之殘り有之を、水夫共え可遣哉といへは、アノ通大醉, 共殊之外大醉、或は笑或は歌ひ、又は仲間同士口論するも有之、アーダムスは右之書面, 致たる故、平に御免可被下と申たるよし、, を呈、舘浦應番所に木品等見分して、壹時計を過したり、是は水夫共之醉を醒す心なる, 一異人士官のもの最初應接所え來り、互に名札を取替たり、彼の名札は銀のノべ板なり、, 貰度旨付、醉たる水夫は、此方之船に乘て〓たり、少しは異人心和らけ候端にも可相成, 一一昨廿五日、第三之船アーダムス以下水夫迄四拾人餘、屋形浦え上陸、書面三通差出ス、, 正月廿七日夜中、中島三郎助咄、, を頂戴可仕、貢獻上物も、同樣於江戸可差上旨被申付候なり、此日は、浦賀奉行伊澤美作, 一最初下官之もの共酩酊故にや、下官同士喧啼を初め、むなぐらをとりて彼是打擲ありし, 大主意は、國許に於てフレシテンド之命を受、是非江戸え罷越し候る、御返翰, 如是我聞所載, 蘭文漢文ア, ○東京帝國大學所藏本, メリカ文、, 江戸へ行キ, 返翰ヲ得ン, 安政元年正月二十四日, 三〇三

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  • 如是我聞所載
  • 蘭文漢文ア
  • ○東京帝國大學所藏本
  • メリカ文、

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  • 江戸へ行キ
  • 返翰ヲ得ン

  • 安政元年正月二十四日

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  • 三〇三

注記 (23)

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