『大日本維新史料 編年之部』 2編 3 安政1年2月1日~同年2月10日 p.140

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一月朔日、, 後追々の注進如左、, 乘込、八時頃、小柴沖に舟懸り候由、, る故、應接方大に困究の次第なる由、風聞あり、, たに御許あらは此儘にも歸帆すへく、又兼る御評定ありし御返翰の趣を申聞なは、直に, 夫ゟ指圖有之候へは、何方へ成共參候由返答、, 夫はなし、彼已に通信交易は、故なく御許しあるへき事のやうに心得たる趣なれは、夫, 將より此處迄乘入居候樣申付候間、此ゟは少も不動由、大將は跡の大船に乘居候間、, 文才もありて事情探索の筋等心得たる男なれは、主用といひ旁、此者を雇ひ、細作とし, て神奈川邊へ罷越居、彼地の模樣承り繕ひ可及密告旨、二月三日付ニ申遣したるに、其, 江戸海へ乘込、閣老衆と對談に及ふへく、其上にて御許しなくは兵端にも至るへき勢な, 義なれとも、應接方ニるは御許容の有無を申聞せては、三四年を限りても申延すへき工, 正月十四日朝之内、小軍艦壹艘總州天神山をさし乘入、竹ケ岡沖ゟ本牧小柴をさし, 一夕方與力近藤良次彼船へ罷越、何分舟を浦賀迄引〓候樣申聞候處、彼の返答には大, 一高知稻葉務、此節江戸表之形勢爲聞調、家來野村淵藏と云へる者を指出したり、此者聊, ○中, 略, 野村淵藏探, 索書, 米船渡來, 安政元年二月四日, 一四〇

割注

  • ○中

頭注

  • 野村淵藏探
  • 索書
  • 米船渡來

  • 安政元年二月四日

ノンブル

  • 一四〇

注記 (22)

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  • 798,702,57,471後追々の注進如左、
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