『大日本維新史料 編年之部』 3編 1 安政5年1月 p.39

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つれに覺悟仕るより外はなく候と、顏色を變て申述らるれは、, 井玄蕃頭兩人、小石川に參らセしに、老公の御機嫌以の外にて、云々の事共、兩人は申に及, 御控所へ參り申上られたるは、舊臘廿九日亞米利迦一條御相談として、川路左衞門尉・永, 覺え候、猶老公御前の儀は、よろしく取なし給り度よし申されけれは、彌次郎、老寡君の儀, は、兼るの氣癖も候へは、今日はさる事に及ひしにも候へし、仰セの趣は委細相心得候と, 登城ありしか、備中守殿御逢を願はるゝによつて、御退出御見合セあるに、御禮後、備中殿, めて、兩人打つれて罷歸らるゝ事にはなりしとそ、○正月元日、一橋刑部卿殿例の如く御, 退き候ひぬ、是より罷歸、備中守始へ、此末の事には思召あらせられずと計申達すへくと, 合申さる事候へは、其旨をたに申達しなは、御使に參りたる筋も、空しといふにもあらね, 公にも、己に已後の御處置に思召はあらせられぬよしは仰セあり、安嶋氏にも、此處は請, におゐては、思召はあらせられぬとの仰セ計りは伺ひ取り侍れは、夫を鹽に、御前を罷り, 答へたるに、玄蕃頭又被申けるは、己は今日初て御前へ參りしか、重き參謀の御方、かゝる, は、けふはこのまゝにて罷りなんと申され、彌次郎も辭をそへて、とかくやう〳〵に申宥, 御有樣にては、此末とも如何にかは仕らるへき、罷歸り復命のすへき樣もなく候へは、い, 門尉申されけるは、玄蕃殿には、初〓御出の事にも候へは、しかおほすも理りに侍れと、老, 左衞, 彌次郎か噺ニ、即座ニ切腹に, 及ふへき有樣なりしとそ, 老巧ヲ極ム, 川路ノ挨拶, 安政五年正月二日, 三九

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  • 彌次郎か噺ニ、即座ニ切腹に
  • 及ふへき有樣なりしとそ

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  • 老巧ヲ極ム
  • 川路ノ挨拶

  • 安政五年正月二日

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  • 三九

注記 (22)

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