『大日本維新史料 編年之部』 3編 3 安政5年3月1日~同月20日 p.145

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りは御尤ニ伺候て、乍恐御才力も神祖にひとしく御十分とも不奉伺候得共、如何仕るべ, 給へる御方の坐さぬは申迄もなく候へは、天下の御爲に御苦勞を願ひ奉るにて候へ、田安, れ候は、儲君之御扣の思召にて、兩卿ゟ選れ候は相當の事なれとも、夫は尋常の時にこそ, と我等也、田安は先輩と申、御續柄も近く、此人こそ相當ならめと宣ふ故、圓四郎又申上し, 外なる次第なり、其方抔も兼々色々申聞願ひ居る趣にはあれと、如何に考へても此衰世こ, に置かセられ、御傍觀之思召にて御考被爲在へし、件の御五方の御内にて、御前に勝らセ, 逢ふて、我等如き不肖不才、曾て其任に當りかたけれは、猶又老中共迄嚴敷斷らんとおも, あるへけれ、當時は常をもて語るへき節にはあらねと、先つ大統を承續すへき家を申さ, へは、其方共も最早念を斷つへしと仰ある故、圓四郎申上けるは、夫は例の仰にて、一と通, は、一こ尾州、是は年長なり、次ニ紀州、是は幼年之、次に水戸、是は埓明す、其次には田安, きや、外に御當撰の御方も不被爲在候ゆへ、強ても願ひ奉り候、唯に御前の御爲のみにて, は、是も一應は御理りには候得共、兼々も負けさせ給ふましきとの仰もあり、將御身を外, は候はす、天下の御爲と思ひ奉りての事に候と申上るに、イヤ〳〵有徳公の兩卿を立ら, 明かぬ程に申とちめ置たる事なれは、夫切になりしとおもひしに、かゝる風説あるは以之, か申聞たる事もありしゆへ、, 其節はもはや老中共の口の, しなかりしに、此時始て御發言なりしとそ, 圓四郎云、此事は、昨年は如何伺ひても御洩, 平岡ニ告グ, 退ノ決意ヲ, 慶喜繼嗣辭, 安政五年三月八日, 一四五

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  • しなかりしに、此時始て御發言なりしとそ
  • 圓四郎云、此事は、昨年は如何伺ひても御洩

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  • 平岡ニ告グ
  • 退ノ決意ヲ
  • 慶喜繼嗣辭

  • 安政五年三月八日

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  • 一四五

注記 (23)

  • 1274,621,63,2208りは御尤ニ伺候て、乍恐御才力も神祖にひとしく御十分とも不奉伺候得共、如何仕るべ
  • 229,623,62,2223給へる御方の坐さぬは申迄もなく候へは、天下の御爲に御苦勞を願ひ奉るにて候へ、田安
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