『大日本維新史料 編年之部』 3編 5 安政5年4月11日~同月25日 p.357

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

答抔の事につきては、御旅中ゟ御申越の事もありて、御議論合兼候御次第も有之、此侯は, 相成し處、遠江守殿良久默然瞑目にて御深考あり、其上にて御發語ありけるは、當今の時, 雲霧を披いて青天を見る心地と罷成候へは、最早異議に及ふへからす、墨夷の方は御條約, そ、遠江守殿は、兼た御同志にて、内外御底意なく被仰合しか、此度の墨夷の一條、將勅, 先ツ遠江守殿の御持説十分御聞糺に相成しに、歸する處は何分京師の方御荷擔にて、, 勢に熟達せすして、固陋の意見を立たりしは、全く拙者の誤にて候ひき、御諭告によつて、, 、今朝辰の半刻比ゟ、伊達遠江守殿邸へ御出あり、土佐殿にも午の比より御出ありしと, の上、京論のとくにて方今必勝の策ある〓、永久安全の御定見ありやと、切々偲々御難に, 當時大廣間諸〓中の巨擘にて、同侯の議論によりては、一席の離合にも抱はるへき属望に, 遊との御目論見なりしか、此比御着府ありし故、今日御出になりたるなり、扨御對面之上、, 座せは、先達て已來、土佐殿と御示談ありて、御參府あらは、早々被及御討論、御説破可被, 四月十八日、, 叡慮之通りに御隨順なくては相濟ましきとの御説なれは、公、東西の形勢飽まて御説得, 〔昨夢紀事, ○中, 略、, 説得ス, 關シ宗城ヲ, マタ至ル, 訪フ豐信モ, 條約問題ニ, 慶永宗城ヲ, 安政五年四月十八日, 皇國乃ため北大はかりこと, 三五七, 宗城

割注

  • ○中
  • 略、

頭注

  • 説得ス
  • 關シ宗城ヲ
  • マタ至ル
  • 訪フ豐信モ
  • 條約問題ニ
  • 慶永宗城ヲ

  • 安政五年四月十八日
  • 皇國乃ため北大はかりこと

ノンブル

  • 三五七
  • 宗城

注記 (26)

  • 1291,624,63,2223答抔の事につきては、御旅中ゟ御申越の事もありて、御議論合兼候御次第も有之、此侯は
  • 477,623,64,2225相成し處、遠江守殿良久默然瞑目にて御深考あり、其上にて御發語ありけるは、當今の時
  • 245,619,64,2232雲霧を披いて青天を見る心地と罷成候へは、最早異議に及ふへからす、墨夷の方は御條約
  • 1408,630,62,2226そ、遠江守殿は、兼た御同志にて、内外御底意なく被仰合しか、此度の墨夷の一條、將勅
  • 827,626,61,2111先ツ遠江守殿の御持説十分御聞糺に相成しに、歸する處は何分京師の方御荷擔にて、
  • 360,619,63,2230勢に熟達せすして、固陋の意見を立たりしは、全く拙者の誤にて候ひき、御諭告によつて、
  • 1523,656,62,2201、今朝辰の半刻比ゟ、伊達遠江守殿邸へ御出あり、土佐殿にも午の比より御出ありしと
  • 595,630,61,2217の上、京論のとくにて方今必勝の策ある〓、永久安全の御定見ありやと、切々偲々御難に
  • 1176,625,61,2226當時大廣間諸〓中の巨擘にて、同侯の議論によりては、一席の離合にも抱はるへき属望に
  • 944,624,61,2226遊との御目論見なりしか、此比御着府ありし故、今日御出になりたるなり、扨御對面之上、
  • 1060,627,62,2228座せは、先達て已來、土佐殿と御示談ありて、御參府あらは、早々被及御討論、御説破可被
  • 1643,633,56,296四月十八日、
  • 710,624,62,2229叡慮之通りに御隨順なくては相濟ましきとの御説なれは、公、東西の形勢飽まて御説得
  • 1752,604,66,289〔昨夢紀事
  • 1671,944,41,78○中
  • 1629,944,40,58略、
  • 627,252,42,116説得ス
  • 677,253,44,208關シ宗城ヲ
  • 1446,267,36,151マタ至ル
  • 1496,257,41,207訪フ豐信モ
  • 731,253,41,204條約問題ニ
  • 1545,258,42,207慶永宗城ヲ
  • 147,709,45,389安政五年四月十八日
  • 1892,970,41,564皇國乃ため北大はかりこと
  • 144,2355,42,121三五七
  • 1891,1619,42,83宗城

類似アイテム