『大日本維新史料 編年之部』 3編 6 安政5年4月26日~5月10日 p.399

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持するの外は無策なる由なとを申されたり、, られたれは、其段申したりしに鴻臚能肯ひて、登營の上よきに計ふへきと申されたり、總, きとの事之、公は鴻臚に逢たらは、水府納言殿の建白引直の事、備中殿ゟ遠州へ談しら, りとなり、其由直に公へ申上たり、此遠州殿のいか殿へ説れんとの事は、水府當納言殿, の事は遠江殿兎も角も扱はるへけれと、老公の建白は手關に及ひかけたれは、是は公へ, 〓廟堂の有樣緩漫の事而已にて、天下も如何成行くらんと危踏まるれは、殊に西城の御事, 州殿ゟ伊賀殿へ逢對の儀を申入れられなは、自ら其事にも及ふへき由を備中殿申された, 事なりと嘲けられ、或は聞に及はぬと拒まるゝ故、憤ろしき事のみ多しと歎息せられて、, 一、此夕、鴻臚より手簡にて師質へ申越されしは、今朝の事備中殿へ内告に及ひたりしに、, の心焦らるゝなり、此比となりて伊賀殿抔も直言拒絶の勢にて、申出候事を夫は知れたる, れんよりは、伊賀殿より申されなは、夫につきて遠州の伊賀殿へ説んとおもふ事あれは、, を載セて申立られなは、事なるへくかとおもはるれは、此由太守公へ申上て賢考に備へた, さる手續になるへきやうに、鴻臚より窃に備中殿へ告け申さるへき由を申へき旨、仰せ付, 昨日已に伊賀殿より談せられて、遠州殿へは備中殿ゟ申さるへきに事極りたれは、今は遠, 今となりてはかへらまの事なから、太守公抔の威力によりで西城を建參らせて、天下を維, ヲ拒絶ス, 面談スベシ, 忠固ハ直言, 宗城忠固二, 安政五年五月朔日, 三九九

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  • ヲ拒絶ス
  • 面談スベシ
  • 忠固ハ直言
  • 宗城忠固二

  • 安政五年五月朔日

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  • 三九九

注記 (21)

  • 839,635,59,1109持するの外は無策なる由なとを申されたり、
  • 1422,645,66,2221られたれは、其段申したりしに鴻臚能肯ひて、登營の上よきに計ふへきと申されたり、總
  • 1770,645,64,2213きとの事之、公は鴻臚に逢たらは、水府納言殿の建白引直の事、備中殿ゟ遠州へ談しら
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  • 257,646,67,2203の事は遠江殿兎も角も扱はるへけれと、老公の建白は手關に及ひかけたれは、是は公へ
  • 1303,642,67,2222〓廟堂の有樣緩漫の事而已にて、天下も如何成行くらんと危踏まるれは、殊に西城の御事
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