『大日本維新史料 編年之部』 3編 6 安政5年4月26日~5月10日 p.493

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入つて退出せり、, 立兼候へは、御館に御良策あらせられんなれは承り參れと仰付られたる由を申述たり、, 下の爲に賀すへきなれとも、若思召よられたる御事なくは、公の御策は如何と御尋あらん, と、京都へ御呼ひ上せになるへき手段容易ならす、又伊賀殿へ極親戚の者より白地に忠告, 謀略の出る處を得候はす、責て存し寄られ候は、尾張殿同道にて登城いたされ、御前を願, はれ巨細申上られんかと存しられ候へと、是は必定支へ候者あるへしと懸念いたされ候、, 又伊賀殿を京都へ御呼ひ上せになりて、京都こて挫きたるもよからんかと存しられ候へ, は必定なれは、其節御答あるへき爲メ、立地に姦邪を除かるへき計策如何ンと日々帷幄の, 内諭の趣早速老寡君へ申上候ひしかは、老寡君も殊之外驚歎心痛に及はれ候へとも、更に, 五月十八日、一昨日安島彌次郎迄老公御建策の事を被仰合て、御良猷あらせ給はんには天, に、此夕彌次郎過日の御返答に參上せり、早速御前へ召出されしに、彌次郎申上けるは、御, 御討論有之、瀬二三の御策略は得させられしかと、いまた十分の御定見も立せられさりし, に及はせ然るへからん歟抔と、唯大凡の處は彼是と申試られ候迄にて、定策と申程の事は, る處は余へ御任せにて、御見合せ置れ候樣被成度旨をも御談しありしなり、彌次郎は夜に, ○中, 略、, ノ策ヲ議ス, 安島彌次郎, 來リ齊昭ノ, 意ヲ告グ, 姦邪ヲ除ク, ノ策, 忠固ヲ挫ク, 安政五年五月三日, 四九三

割注

  • ○中
  • 略、

頭注

  • ノ策ヲ議ス
  • 安島彌次郎
  • 來リ齊昭ノ
  • 意ヲ告グ
  • 姦邪ヲ除ク
  • ノ策
  • 忠固ヲ挫ク

  • 安政五年五月三日

ノンブル

  • 四九三

注記 (25)

  • 1740,641,59,412入つて退出せり、
  • 232,646,72,2156立兼候へは、御館に御良策あらせられんなれは承り參れと仰付られたる由を申述たり、
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