『大日本維新史料 編年之部』 3編 7 安政5年5月11日~5月晦日 p.617

Loading…

要素

ノンブル

OCR テキスト

である、, を打明けてゐたのである、, 本所方被仰付」、蜂屋新五郎がこれに代つた、, つた、, た、そこで藤吉郎は東條、中村を擠排しようと謀つた、東條は當時親子共職に居た老吏で, 年で家を繼いだ時、東條は後見をしてくれた、中村は新役の頃父に引立てられてゐた、跡, しかし取引所の設立は輒く行はれぬので、藤吉郎は手を束ねてゐることを好まず、「御國, 部の下の北與力筆頭秋山久藏は私の外舅である、それ故此等の人人は皆父と私とに内情, 私の此間の消息を知つたのは、下の關係があつたからである、跡部は水野忠邦の弟で、私, 理由は諸色の産出高を増さずに、取引所を設けるのは、本末を誤つてゐると云ふにあつ, 東條の隱居願は再三提出せられた、遂に三月十日に至つて、東條は「年番方其外掛役被免、, あつたので、隱居願を出して難を免れようとした、しかし池田はこれを免ずるに忍びなか, の父健三郎は此兄弟の恩顧を蒙つてゐた、父健三郎が天保改革の時永の暇になり、私が幼, 然るに南奉行池田頼方、南與力東條八太夫、中村次郎八は潤澤の新法を喜ばなかつた、其, 吏で、天保中一たび先手組に遷り、又町奉行所に遷つたのである、其女柳は久世廣周の妾, 安政五年五月二十四日, 六一七

  • 安政五年五月二十四日

ノンブル

  • 六一七

注記 (17)

  • 1761,635,52,186である、
  • 606,642,57,641を打明けてゐたのである、
  • 366,638,63,1103本所方被仰付」、蜂屋新五郎がこれに代つた、
  • 1184,640,52,128つた、
  • 1412,636,74,2211た、そこで藤吉郎は東條、中村を擠排しようと謀つた、東條は當時親子共職に居た老吏で
  • 833,638,72,2217年で家を繼いだ時、東條は後見をしてくれた、中村は新役の頃父に引立てられてゐた、跡
  • 257,641,67,2218しかし取引所の設立は輒く行はれぬので、藤吉郎は手を束ねてゐることを好まず、「御國
  • 720,636,74,2225部の下の北與力筆頭秋山久藏は私の外舅である、それ故此等の人人は皆父と私とに内情
  • 1059,637,74,2218私の此間の消息を知つたのは、下の關係があつたからである、跡部は水野忠邦の弟で、私
  • 1527,629,71,2208理由は諸色の産出高を増さずに、取引所を設けるのは、本末を誤つてゐると云ふにあつ
  • 482,635,69,2221東條の隱居願は再三提出せられた、遂に三月十日に至つて、東條は「年番方其外掛役被免、
  • 1297,635,74,2212あつたので、隱居願を出して難を免れようとした、しかし池田はこれを免ずるに忍びなか
  • 948,640,73,2214の父健三郎は此兄弟の恩顧を蒙つてゐた、父健三郎が天保改革の時永の暇になり、私が幼
  • 1642,629,72,2219然るに南奉行池田頼方、南與力東條八太夫、中村次郎八は潤澤の新法を喜ばなかつた、其
  • 1873,628,73,2214吏で、天保中一たび先手組に遷り、又町奉行所に遷つたのである、其女柳は久世廣周の妾
  • 152,748,47,421安政五年五月二十四日
  • 161,2376,46,124六一七

類似アイテム