『大日本維新史料 編年之部』 3編 7 安政5年5月11日~5月晦日 p.620

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牢させられ、更に拷問に掛けられた、總代は云つた、成程其金は御老中, し、久世大和守, 伊澤は新任で、まだ役宅に引移らずにゐたのである、同日夜五時北奉行跡部の命を傳へ, 會を以て「苗字取上、名主役召放」を命じた、, 牢し、二十一日に市郎右衞門が死亡し、二十二日に三九郎が死亡した、, 東條樣御父子に差上げたが、お斷なされたと云つた、これ以上の事は、どうしても言はな, た、當時私は東條の相番であつたので、父子名代として赤坂三河臺の伊澤郎に出頭した、, 美作守, て、町年寄喜多村彦右衞門は砂糖問屋事件の取調をしてゐた三名主熊井町の磐井理左衞, 門、長谷川町の鈴木市郎右衞門、新葺屋町の石塚三九郎を役所に呼出し、町年寄三人の立, い、阿部老中は先だつて亡くなつた、池田以下の收賄の證迹も上がらない、そこで跡部は, 久世老中に申立てゝ、職務〓緩の廉を以て、池田の轉任、東條父子の組替を斷行せしめた、, 十二月二十八日に殿中沙汰書を以て町奉行池田播磨守, 五年正月二十九日に、三名主は入牢し、三月十八日に市郎右衞門、三九郎が病氣のため出, 御掛奉行, 四月九日に、生殘つた理左衞門と共に、砂糖問屋取止願人本町藥種問屋行事本町三丁目彌, の指圖を以て、父子に「場所不相應に付、御先手組與力へ組替」を命じ, は「大目附被仰付」、大目附伊澤, が「町奉行被仰付」てこれに代つた、二十九日に新南奉行伊澤は東條父子を呼出, 阿部, 正弘, 池田, 頼方, 義, 方, 頼, 政, 廣, 周, 安政五年五月二十四日, 六二〇

割注

  • 阿部
  • 正弘
  • 池田
  • 頼方

  • 安政五年五月二十四日

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  • 六二〇

注記 (31)

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