『大日本維新史料 編年之部』 3編 7 安政5年5月11日~5月晦日 p.618

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された、川柳に「藤吉が出て今川は亡びけり」と云ふのがあつた、, あつた、, 五月二十一日に池田が留守居次席にせられ、南奉行は故の如くであつた、六月十七日に老, り、近も召捕られた、跡部は吟味與力服部孫九郎、三好助左衞門に命じて、龜吉を取調べさ, 中阿部が逝去した、狂歌に「藤吉は大和をかけて伊勢參り、使ひ果して跡部どうなる」、又, 家に宿泊し、賭場を開いて、てらかすりの錢を取つてゐた、此龜吉が火附盜賊改與力筆頭, 盆のため、神田今川橋火除土手取拂、跡地面拂下」の策を立て、蜂屋を「拂下願人」にして許, をして龜吉を召捕らしめた、龜吉の家の帳簿、手紙等を押收したが、連累者を出す程の文, 贈遺をしてゐると藤吉郎に告げたものがある、藤吉郎はこれを跡部に報じ、跡部は定廻役, 三幅對見立に「思の外寢入つた三幅對、鈴木藤吉郎、片岡仁左衞門、夏目左近」と云ふのが, 中山仙右衞門の家に出入し、中山を介して東條八太夫、中村次郎八と相識になり、盆暮の, 林の龜事、龜吉」と云ふものが江戸に還つて、兩國米澤町に近と云ふ妾を住はせ、己れも其, 書も見えなかつた、唯神棚の三方に葵の紋が附けてあつたので、僣上だと云ふことにな, 藤吉郎は東條、中村濟排の歩を進めようとした、偶前年罪があつて、江戸拂になつた「無宿, せ、龜吉は入牢、近は揚屋入になつた、次で二人を拷問に掛けると、龜吉が中山仙右衞門方, 安政五年五月二十四日, 六一八

  • 安政五年五月二十四日

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  • 六一八

注記 (17)

  • 1710,661,66,1586された、川柳に「藤吉が出て今川は亡びけり」と云ふのがあつた、
  • 1266,657,51,188あつた、
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  • 308,648,80,2215り、近も召捕られた、跡部は吟味與力服部孫九郎、三好助左衞門に命じて、龜吉を取調べさ
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