『大日本古文書』 浅野家文書 1 浅野家文書 p.583

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たてま〓る, みたてま〓る, 日奏者番酒井日向守忠能をして、賻銀三百枚をたまふ、, 日卒す、年三十七、徹性日通天心院と號す、安藝國新山の日通寺に葬る、十, 名のる、このとき眞守の御刀を拜賜し、從四位下彈正少弼に叙任す、寛文, にい何る、是日父か遺物正宗の刀、をよひ惠西岩の墨跡をた之まりり、御, 八年十二月二十七日侍從にすゝみ、彈正大弼にあらたむ、十二年四月十, 綱晟寛永十四年生き、十五年正月うち〳〵より登營し〓、大猷院殿にま, 出よ、二十八日はしめで領知にゆりのいと〓をたまふ、延寶元年正月二, 承應二年十二月二十一日御前にをいて元服し、御諱字をたまひ綱晟と, 室は九條左大臣道房公の二女、卒するにより其五女を娶る、, 臺所に兆殿司筆の屏風をまいらす、九月十八日御前にをいて元服し、御, 八日封を襲、五月十八日これを謝したてま〓るのとき、家臣五人御前に, 綱長万治二年生る、寛文十年四月二十二日はしめて嚴有院殿にまみゑ, 十八年正月營中にして袴着のとを御袴をたまふ、, ひ、二月二十五日遺領を繼、三月九日襲封を謝するのとき、家臣四人御前, 延寶元年正月八日奉書をもつて父の喪を問さたま, 附録, 二歳, 時て, 時に十, 二歳, 附録, 五八四

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  • 二歳
  • 時て
  • 時に十

  • 附録

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  • 五八四

注記 (24)

  • 545,753,47,344たてま〓る
  • 1717,756,51,490みたてま〓る
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