『大日本古文書』 幕末外国関係文書 2 嘉永6年8月~同年9月 p.281

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入俵七尺の寶劒, 乏しき故、先年より, され、歸帆せしめらる, 歴て、文化元子年、長崎の港え魯西亞の使節船渡來しく、上件を訴へ、國王の, 上ニ〓、御諭書を賜り歸帆せしめらる、使節の者は、使之仕遂さるを愁て、歸, 百俵麥五斗入百俵七尺余之大太刀貳振女王え下賜る由使節へ申渡、其後, 漂流人共願の如く送屆候段、神妙致方賞譽せられ、右謝禮として、米六斗入, 皇國の猛勇を外域え示す智略感賞に堪へすと風聞仕候由、其後十三年を, 國之上自殺す、其以前カムサスカ滯留中、ホーシーフタウヱダフと云もの, 交易等も致し度望ニ任せ、長崎え來るへし、若他港え近寄る時は、悉く打碎, 書翰品々献上物あり、然るに寛政の詞に不似交易を不被許、剩へ神牌御取, 皇國土性膏沃五穀豐穰なるを〓み、穀物海鹽を交易せん事を乞候由、依之, 國法なれは、東洋を乘り長崎へ來らは、一度限り試の交易せんと神牌を渡, 寛政四子年九月廿二日、東蝦夷地子モロえ魯西亞船渡來、漂流人幸太夫磯, 吉か徒を送り來て互市を乞ふ、宣諭使石川將監村上大學貳人を差下され, 此時白川侍從の豪邁なる、六斗, (老中松平越中守定信), 此時石川將監感應の, 相歌あり、忠房筆記, 夷地ニ來, 露國使節, 信牌ヲ與, 船長崎二, 露船東蝦, 來ル, ル, 嘉永六年八月, 二八一

割注

  • 此時石川將監感應の
  • 相歌あり、忠房筆記

頭注

  • 夷地ニ來
  • 露國使節
  • 信牌ヲ與
  • 船長崎二
  • 露船東蝦
  • 來ル

  • 嘉永六年八月

ノンブル

  • 二八一

注記 (28)

  • 831,676,56,498入俵七尺の寶劒
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