『大日本古文書』 幕末外国関係文書 28 安政6年10月 p.50

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三二十月七日米國辨理公使ハリス書翰老中へ遣米, 望峯を過るの路を取へきを勸めり、其所以は、使節、日本を發する時乘れる船にて、直チ, に華盛頓府に到らんが爲なり、是使節彼此船を轉するの煩勞を省き、且使節并ニ日本風儀, を熟知せし士官と始終相接するの盆あれハなり、, 千八百五十九年第十一月一日、江戸合衆國使臣舘にて、, 昨日、神奈川に到着し、其船中に印度・, 使節航路の件, 支那・日本海に在る海軍の總督たるフラグヲフシール, 未十月九日、下總守殿に、早川庄次郎を以上ル、」, 外國事務宰相, 余、台下え亞米利加フレガット船ポウハタン, 余、此總督より一書を得たりしに、合衆國え貴國の使節パナマ, を越るの路を變〓して、喜, 在るを報す、, "未十月七日、差出ス、, 各台下に呈す、, テットナル, 間部下總守, 安政六年十月(三二), 號、, 人, 名、, 船, 名、, 名、, 地, 脇坂中務大輔, (安宅、同上), 官, 間部下總守, 到著, 望峰經由ノ, 航路ヲ勸ム, つとなる喜, ぼーはたん, 海軍總督て, 船ヲ轉ズル, ノ煩勞ヲ省, 米國, ク, 安政六年十月(三二), 五〇

割注

  • 號、
  • 名、
  • 脇坂中務大輔
  • (安宅、同上)
  • 間部下總守

頭注

  • 到著
  • 望峰經由ノ
  • 航路ヲ勸ム
  • つとなる喜
  • ぼーはたん
  • 海軍總督て
  • 船ヲ轉ズル
  • ノ煩勞ヲ省
  • 米國

  • 安政六年十月(三二)

ノンブル

  • 五〇

注記 (42)

  • 1743,707,78,1957三二十月七日米國辨理公使ハリス書翰老中へ遣米
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  • 366,569,63,2293に華盛頓府に到らんが爲なり、是使節彼此船を轉するの煩勞を省き、且使節并ニ日本風儀
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