『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 11 訳4上1639年02月-1639年閏11月 p.139

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本から、戰爭用彈藥や銅、鐵などを供給することを約束した由。, の高官達は入手したが)デンマークの船舶をオランダ人に敵對させ、スペイン人のために用立, 功を與え、銀の豐かな嶋々を發見させ給わんことを。, 現われぬものと考えられるが、これについては時が教えるであろう。全能の神が希望通りの成, てたいと申し出て、あまつさえ、マニラに居住して貿易することを要求し、そのさい同地に日, 去る六月二日、同地一, また、このペッサルトは、マスリパトナムからマニラの長官に宛てた手紙で、(その寫しを我々, また同十六日には引き續いて、ヤハト船リズ號とワーテルローゼヴェルフェ號が、使節とし, の指揮下に、フライ, は、この遣使によってこの國における會社の業務が良い方向に轉じ、また、, を發見するため、マティス・クワス, 閣下達, ト船エンゲル號竝びにフラハト號を派遣した。彼等の航路はルソン嶋を通っており、當地には, から、日本の東方、北緯三十六度乃至三十九度に位置する嶋, て任命されたクーケバッケル閣下と、去る三月三十一日にウェイデネス號でバタフィアに來航, その任務を終えたトンキンの。使節とを乘せて、トンキンとタイオワンに向けて出發した。, ト, (mathijs quast), 一九年、アベル・ヤンスゾーン・タスマンと共に金銀嶋發見の使命を帶びて日本の東方洋上を探索し、翌年一月バタ, し、その, ルレム・フルステーヘンの報告に基づき、以下に述べる船隊を派遣した, ト○スヒーダムに生まれる、一六三四年ブレダム號の、一六三六年ラーロップ號の船長として日本に渡航した。一六, )總督及び東, 印度評議員, 〇バタフ, 謂金, 銀嶋het goud- en zilverrijk eilandで、バタフィア總督府は商務員ウ", フィアに歸著した。この間、無人嶋、即ち小笠原諸嶋を發見した。一六四一年、十隻の艦, ルレム・フルステーヘンの報告に基づき、以下に述べる船隊を派遣した。, 隊を率いてゴアの攻圍に赴き、ポルトガル船と交戰中傷を負い、ウィングルラにて歿した。, ○所, ア。, ○スヒーダムに生まれる、一六三四年ブレダム號の、一六三六年ラーロップ號の船長として日本に渡航した。一, 二九年、アベル・ヤンスゾーン・タスマンと共に金銀嶋發見の使命を帶びて日本の東方洋上を探索し、翌年一月バ々, (gedimitteert den toncquijnschen gesant), し、その, の許に派す, ケバッケル, 蘭人ペッサ, を入手す, て東京國干, を特使とし, リズ號, ペッサルト, 呂宋長官に, 總督府クー, ルトの書翰, 書を致し共, に蘭人と對, 抗せんと述, ワーテルロ, 總督府金銀, エンゲル號, をして指揮, ・クワスト, しマティス, ーゼヴェル, め二船を派, せしむ, フラハト號, 勢, 嶋探險の爲, ぶ, 一三九, 一六三九年八月

割注

  • )總督及び東
  • 印度評議員
  • 〇バタフ
  • 謂金
  • 銀嶋het goud- en zilverrijk eilandで、バタフィア總督府は商務員ウ"
  • フィアに歸著した。この間、無人嶋、即ち小笠原諸嶋を發見した。一六四一年、十隻の艦
  • ルレム・フルステーヘンの報告に基づき、以下に述べる船隊を派遣した。
  • 隊を率いてゴアの攻圍に赴き、ポルトガル船と交戰中傷を負い、ウィングルラにて歿した。
  • ○所
  • ア。
  • ○スヒーダムに生まれる、一六三四年ブレダム號の、一六三六年ラーロップ號の船長として日本に渡航した。一
  • 二九年、アベル・ヤンスゾーン・タスマンと共に金銀嶋發見の使命を帶びて日本の東方洋上を探索し、翌年一月バ々
  • (gedimitteert den toncquijnschen gesant)
  • し、その

頭注

  • の許に派す
  • ケバッケル
  • 蘭人ペッサ
  • を入手す
  • て東京國干
  • を特使とし
  • リズ號
  • ペッサルト
  • 呂宋長官に
  • 總督府クー
  • ルトの書翰
  • 書を致し共
  • に蘭人と對
  • 抗せんと述
  • ワーテルロ
  • 總督府金銀
  • エンゲル號
  • をして指揮
  • ・クワスト
  • しマティス
  • ーゼヴェル
  • め二船を派
  • せしむ
  • フラハト號
  • 嶋探險の爲

ノンブル

  • 一三九
  • 一六三九年八月

注記 (65)

  • 1443,584,55,1540本から、戰爭用彈藥や銅、鐵などを供給することを約束した由。
  • 1653,587,57,2279の高官達は入手したが)デンマークの船舶をオランダ人に敵對させ、スペイン人のために用立
  • 713,579,55,1270功を與え、銀の豐かな嶋々を發見させ給わんことを。
  • 816,573,56,2294現われぬものと考えられるが、これについては時が教えるであろう。全能の神が希望通りの成
  • 1551,587,53,2279てたいと申し出て、あまつさえ、マニラに居住して貿易することを要求し、そのさい同地に日
  • 1339,634,58,501去る六月二日、同地一
  • 1756,585,56,2274また、このペッサルトは、マスリパトナムからマニラの長官に宛てた手紙で、(その寫しを我々
  • 609,633,54,2230また同十六日には引き續いて、ヤハト船リズ號とワーテルローゼヴェルフェ號が、使節とし
  • 1027,2397,51,469の指揮下に、フライ
  • 295,1027,55,1798は、この遣使によってこの國における會社の業務が良い方向に轉じ、また、
  • 1237,1990,52,875を發見するため、マティス・クワス
  • 296,579,58,165閣下達
  • 920,586,57,2279ト船エンゲル號竝びにフラハト號を派遣した。彼等の航路はルソン嶋を通っており、當地には
  • 1339,1308,57,1469から、日本の東方、北緯三十六度乃至三十九度に位置する嶋
  • 504,572,57,2297て任命されたクーケバッケル閣下と、去る三月三十一日にウェイデネス號でバタフィアに來航
  • 400,677,59,2155その任務を終えたトンキンの。使節とを乘せて、トンキンとタイオワンに向けて出發した。
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  • 1218,579,46,1362ルレム・フルステーヘンの報告に基づき、以下に述べる船隊を派遣した
  • 1157,579,46,2281ト○スヒーダムに生まれる、一六三四年ブレダム號の、一六三六年ラーロップ號の船長として日本に渡航した。一六
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  • 1051,580,46,1791フィアに歸著した。この間、無人嶋、即ち小笠原諸嶋を發見した。一六四一年、十隻の艦
  • 1218,579,46,1372ルレム・フルステーヘンの報告に基づき、以下に述べる船隊を派遣した。
  • 1009,574,45,1787隊を率いてゴアの攻圍に赴き、ポルトガル船と交戰中傷を負い、ウィングルラにて歿した。
  • 1369,2785,40,84○所
  • 1326,1168,40,58ア。
  • 1157,640,45,2211○スヒーダムに生まれる、一六三四年ブレダム號の、一六三六年ラーロップ號の船長として日本に渡航した。一
  • 1112,662,47,2189二九年、アベル・ヤンスゾーン・タスマンと共に金銀嶋發見の使命を帶びて日本の東方洋上を探索し、翌年一月バ々
  • 452,809,38,694(gedimitteert den toncquijnschen gesant)
  • 406,589,49,194し、その
  • 470,315,42,211の許に派す
  • 602,316,40,203ケバッケル
  • 1727,311,42,213蘭人ペッサ
  • 1637,312,42,171を入手す
  • 513,317,41,204て東京國干
  • 559,312,39,208を特使とし
  • 410,310,42,128リズ號
  • 1585,314,41,209ペッサルト
  • 1539,311,42,212呂宋長官に
  • 646,306,40,216總督府クー
  • 1682,317,42,211ルトの書翰
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