『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 11 訳4上1639年02月-1639年閏11月 p.121

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ともに安全にその目的地の港へ導き給わんことを。, 去る一六三八年の艤裝にかかる祖國からのスヒップ船、フライト船の大部分は、多數の人員を, に我々の敵を破滅せしめる善き計畫を授け、エミリア號とハリアッス號を、會社の他の船舶と, ら、同地から、今年は確實にこれが期待される、と書いて來ており、特に一六三七年と三八年, からマラッカ附近で沒收した手紙の拔萃からも明らかに知ることができる。全能の神が閣下達, るならば、西インドからマニラへのスペイン船の補給を一擧に手に入れる望みがある。何故な, 失い、非常に遲れて、不適當な時期に同地, めな有樣となろう。この事は、イギリス船アンナ號(同船は砂糖二百七十箱その他を積んでいた), ヨロ嶋やミンダナオ嶋における人員の損失と同樣に、ルソン嶋のスペイン人の状態は非常に慘, の命令, 七月一日までに、聖靈, に傳達された閣下達, には何も補給されていないからである。この補給が奪われることによって、ボルネ才東海岸の, に。スヒップ船エミリア號は、三月八日に同地からアンボイナ經由テルナーテへ向け出發した, と訓令に從って、スヒップ船ハリアッス號とともに、司令官ランブレヒト・イエロニムスゾー, が、同船は長官ヨハン・ファン・ブルッコム, の邊りに近附いてい, に現われた。すなわち、フライト船マーン號, ンの指揮下に、モルッコ諸嶋力諸嶋。からペハウ, へ向けて航海するためであり、もし、來る, 失い、非常に遲れて、不適當な時期に同地〓〓タフに現われた。すなわち、フライト船マーン號, 諸嶋長官。, 南端の岬で、北緯一二度三分四秒東經一二五度九秒に位置す, ○エスピリツ・サント岬cabo espiritu santoを指す、呂宋嶋, ○バタフ, ○モルッカ, に同評議會。, ○澎湖, ○東印度總督竝, 諸嶋, (manilha)(t spaensche secours), ア。, (commandr lambrecht jeronimusz .), 一六三八年, 獲す, ラッカに捕, 斷つべし, 竝にハリア, 船隊と邂〓, ッス號はブ, ルッコムの, の補給路を, ンナ號をマ, してマニラ, エミリア號, 度本國發進, ・サント岬, 蘭船英船ア, エスピリツ, 船舶の動向, マーン號ホ, 牙人の損〓, ヨロ嶋ミン, ダナオ嶋に, 於ける西研, 一六三九年七月, 一二一, 一六三九年七月

割注

  • 諸嶋長官。
  • 南端の岬で、北緯一二度三分四秒東經一二五度九秒に位置す
  • ○エスピリツ・サント岬cabo espiritu santoを指す、呂宋嶋
  • ○バタフ
  • ○モルッカ
  • に同評議會。
  • ○澎湖
  • ○東印度總督竝
  • 諸嶋
  • (manilha)(t spaensche secours)
  • ア。
  • (commandr lambrecht jeronimusz .)

頭注

  • 一六三八年
  • 獲す
  • ラッカに捕
  • 斷つべし
  • 竝にハリア
  • 船隊と邂〓
  • ッス號はブ
  • ルッコムの
  • の補給路を
  • ンナ號をマ
  • してマニラ
  • エミリア號
  • 度本國發進
  • ・サント岬
  • 蘭船英船ア
  • エスピリツ
  • 船舶の動向
  • マーン號ホ
  • 牙人の損〓
  • ヨロ嶋ミン
  • ダナオ嶋に
  • 於ける西研

  • 一六三九年七月

ノンブル

  • 一二一
  • 一六三九年七月

注記 (58)

  • 502,604,55,1203ともに安全にその目的地の港へ導き給わんことを。
  • 390,647,63,2234去る一六三八年の艤裝にかかる祖國からのスヒップ船、フライト船の大部分は、多數の人員を
  • 598,602,64,2276に我々の敵を破滅せしめる善き計畫を授け、エミリア號とハリアッス號を、會社の他の船舶と
  • 1116,602,66,2284ら、同地から、今年は確實にこれが期待される、と書いて來ており、特に一六三七年と三八年
  • 702,607,64,2278からマラッカ附近で沒收した手紙の拔萃からも明らかに知ることができる。全能の神が閣下達
  • 1224,603,61,2278るならば、西インドからマニラへのスペイン船の補給を一擧に手に入れる望みがある。何故な
  • 292,599,59,978失い、非常に遲れて、不適當な時期に同地
  • 806,597,64,2282めな有樣となろう。この事は、イギリス船アンナ號(同船は砂糖二百七十箱その他を積んでいた)
  • 911,604,61,2281ヨロ嶋やミンダナオ嶋における人員の損失と同樣に、ルソン嶋のスペイン人の状態は非常に慘
  • 1642,2735,51,151の命令
  • 1336,601,54,553七月一日までに、聖靈
  • 1642,1908,57,497に傳達された閣下達
  • 1017,587,60,2277には何も補給されていないからである。この補給が奪われることによって、ボルネ才東海岸の
  • 1738,624,61,2270に。スヒップ船エミリア號は、三月八日に同地からアンボイナ經由テルナーテへ向け出發した
  • 1540,606,56,2284と訓令に從って、スヒップ船ハリアッス號とともに、司令官ランブレヒト・イエロニムスゾー
  • 1647,604,59,1080が、同船は長官ヨハン・ファン・ブルッコム
  • 1328,2407,52,468の邊りに近附いてい
  • 286,1763,59,1117に現われた。すなわち、フライト船マーン號
  • 1435,606,58,1144ンの指揮下に、モルッコ諸嶋力諸嶋。からペハウ
  • 1433,1912,55,972へ向けて航海するためであり、もし、來る
  • 287,593,68,2297失い、非常に遲れて、不適當な時期に同地〓〓タフに現われた。すなわち、フライト船マーン號
  • 1626,1686,45,190諸嶋長官。
  • 1314,1176,49,1184南端の岬で、北緯一二度三分四秒東經一二五度九秒に位置す
  • 1356,1167,47,1232○エスピリツ・サント岬cabo espiritu santoを指す、呂宋嶋
  • 319,1588,42,164○バタフ
  • 1672,1689,43,209○モルッカ
  • 1624,2414,40,225に同評議會。
  • 1461,1764,47,129○澎湖
  • 1671,2413,38,299○東印度總督竝
  • 1420,1764,38,84諸嶋
  • 1284,1193,35,643(manilha)(t spaensche secours)
  • 280,1616,39,73ア。
  • 1590,1915,37,608(commandr lambrecht jeronimusz .)
  • 439,340,43,204一六三八年
  • 698,327,41,87獲す
  • 743,334,42,213ラッカに捕
  • 1458,331,42,171斷つべし
  • 1723,332,40,213竝にハリア
  • 1589,333,41,213船隊と邂〓
  • 1678,344,40,196ッス號はブ
  • 1634,339,40,207ルッコムの
  • 1500,336,44,211の補給路を
  • 788,336,38,201ンナ號をマ
  • 1549,338,37,207してマニラ
  • 1766,342,39,212エミリア號
  • 399,330,40,216度本國發進
  • 1306,348,41,199・サント岬
  • 830,329,41,209蘭船英船ア
  • 1350,342,40,203エスピリツ
  • 354,326,40,218船舶の動向
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