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舟艇を用いて同月十一日、十三日に、屈強の潛水夫の力で海岸から危險を冒して囘收された下, かったため、不滿を抱いて會合の席から立去ったことを知った。, ワールデン號から成る彼の船隊と共に、一五〇四九五九グルデン一四ストイフェル六ペニング, の歸り荷を積み、一六三六年十二月二十九日にバタフィアからオランダに向け出發したとの, 由。しかし、前記のスヒップ船。プリンス・ウレム號は、殘念ながら、スンダ海峽を通過して, 記のもの以外は、總べて無に歸した。, 起って長く續いた烈風のため難破した。總額三三〇〇〇○グルデンに達するその積荷のうち、, ってやって來る筈である。, 隊と共に、一箇月當り四〇○グルデンの契約で東インド常任評議員として再び東インドに向か, 閣下等により大變惡く迎えられ、彼の職務乃至一般東インド政務における良き滿足感を與えな, の南西端で、〓如, また、東インド評議員にして前タイオワン長官のハンス・プットマンス閣下は、スヒップ船, いる時、一月二日と三日の間の夜間、フェルケンス諸嶋, 上役閣下等からの報告によれば、マルティン・イスブランツセン閣下は、すぐ後から來る船, のバンダ號、ズットフェン號、プリンス・ウィレム號、ノールト・ゼーラント號、及びレーウ, 前記の船が難破した場所で、シャバンダール, 前記の船が難破した場所で、〓ダール〓港務七バウォ, ○正しくはファルケンス, 諸嶋varkenseiland〓, (e.h marten isbrantsz .), ゼーバルト・ウォンデラールにより、彼の, 長。, ス諸嶋に遭, ウィレム號, ファルケン, プリンス・, の動靜, 船隊の歸國, プトマンス, ール救援す, イスブラン, シャバンダ, 難す, ツセン船隊, も歡迎され, 故國に著く, ず, シ, 六三七年六月, 二〇
割注
- ○正しくはファルケンス
- 諸嶋varkenseiland〓
- (e.h marten isbrantsz .)
- ゼーバルト・ウォンデラールにより、彼の
- 長。
頭注
- ス諸嶋に遭
- ウィレム號
- ファルケン
- プリンス・
- の動靜
- 船隊の歸國
- プトマンス
- ール救援す
- イスブラン
- シャバンダ
- 難す
- ツセン船隊
- も歡迎され
- 故國に著く
- ず
- シ
柱
- 六三七年六月
ノンブル
- 二〇
注記 (40)
- 409,587,62,2273舟艇を用いて同月十一日、十三日に、屈強の潛水夫の力で海岸から危險を冒して囘收された下
- 1676,599,55,1530かったため、不滿を抱いて會合の席から立去ったことを知った。
- 1044,589,59,2272ワールデン號から成る彼の船隊と共に、一五〇四九五九グルデン一四ストイフェル六ペニング
- 939,592,57,2267の歸り荷を積み、一六三六年十二月二十九日にバタフィアからオランダに向け出發したとの
- 832,594,60,2264由。しかし、前記のスヒップ船。プリンス・ウレム號は、殘念ながら、スンダ海峽を通過して
- 311,588,54,878記のもの以外は、總べて無に歸した。
- 620,585,61,2243起って長く續いた烈風のため難破した。總額三三〇〇〇○グルデンに達するその積荷のうち、
- 1367,605,53,593ってやって來る筈である。
- 1459,589,61,2271隊と共に、一箇月當り四〇○グルデンの契約で東インド常任評議員として再び東インドに向か
- 1775,589,61,2280閣下等により大變惡く迎えられ、彼の職務乃至一般東インド政務における良き滿足感を與えな
- 727,2428,54,434の南西端で、〓如
- 1253,639,60,2230また、東インド評議員にして前タイオワン長官のハンス・プットマンス閣下は、スヒップ船
- 725,592,63,1341いる時、一月二日と三日の間の夜間、フェルケンス諸嶋
- 1563,632,64,2239上役閣下等からの報告によれば、マルティン・イスブランツセン閣下は、すぐ後から來る船
- 1152,605,58,2252のバンダ號、ズットフェン號、プリンス・ウィレム號、ノールト・ゼーラント號、及びレーウ
- 514,579,65,1092前記の船が難破した場所で、シャバンダール
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