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干の米と飮料水を求めたので、これを與えてその要望を滿たしてやると、彼等は再び出帆した。, 嶋とルセパラ嶋の間で、去る二十五日に(さきに述べた)激しい嵐に依り沈沒した。彼等は若, 同嶋の周邊に到達した。, その人數は凡そ二一名であった。, ことを知ったが、それは、パリンバ、ンから來て、胡椒を積み、バタフィアへ航海する爲めであ, 此の日は終日、凪や逆方向の風と潮流の爲め、パリンバンの河口の前面に投錨していた。, 同月五日朝、プロ・ラウエル嶋, の一嶋が視界に入る。夜になって、北方に針路を採り、, ピコルの胡椒を積載し、アンドラギリからバタフィアに向けて航行していたが)プロ・ナウカ, 同月四日朝は南寄りの風、北北西に針路を採り、相當の距離を航行して、此の日の夕刻に, 同月二日南東方向から微風を得て、モナピンを通過した。斯くして本日は、危險なフレデ, る。正午頃、船頭アデュルも彼のプラウ船から本船にやって來た。彼のジャンク船は(四〇○, リック=ヘンドリックス岩礁や其他の難儀に出遭うこともなく、かなり航行した。, 同月三日朝のうちは變り易い風向き。プロ・テンパン嶋を通過して、前面にリンガ諸嶋, を見る。, に到達した。フライト船カペルレ號も投錨し, は前面にビンタン嶋, を隔ててシンガポールと對畤する, ○kepalauan lingga,スマトラ嶋東海岸沖、, ○マラヤ半嶋の南端に位置し、海峽, ハンカ嶋とビンタン嶋の中間に位置す。, poi1o at, ('t eyland poulo lauer), ○プロ・アウル, 船頭アデュ, ル糧食の供, パレンバン, 同船の航路, 河口に投錨, 與を求む, 難破中國船, モナピンを, 通過, プロ・アウ, リンガ諸嶋, ル嶋, プロ・テン, ビンタン嶋, バン嶋, 一六四三年五月リロ號にて, 五六割注
- を隔ててシンガポールと對畤する
- ○kepalauan lingga,スマトラ嶋東海岸沖、
- ○マラヤ半嶋の南端に位置し、海峽
- ハンカ嶋とビンタン嶋の中間に位置す。
- poi1o at
- ('t eyland poulo lauer)
- ○プロ・アウル
頭注
- 船頭アデュ
- ル糧食の供
- パレンバン
- 同船の航路
- 河口に投錨
- 與を求む
- 難破中國船
- モナピンを
- 通過
- プロ・アウ
- リンガ諸嶋
- ル嶋
- プロ・テン
- ビンタン嶋
- バン嶋
柱
- 一六四三年五月リロ號にて
ノンブル
- 五六
注記 (41)
- 1299,647,63,2274干の米と飮料水を求めたので、これを與えてその要望を滿たしてやると、彼等は再び出帆した。
- 1402,644,64,2290嶋とルセパラ嶋の間で、去る二十五日に(さきに述べた)激しい嵐に依り沈沒した。彼等は若
- 562,656,55,558同嶋の周邊に到達した。
- 1193,649,54,775その人數は凡そ二一名であった。
- 1716,640,62,2288ことを知ったが、それは、パリンバ、ンから來て、胡椒を積み、バタフィアへ航海する爲めであ
- 1090,702,61,2150此の日は終日、凪や逆方向の風と潮流の爲め、パリンバンの河口の前面に投錨していた。
- 247,712,61,815同月五日朝、プロ・ラウエル嶋
- 670,1557,61,1347の一嶋が視界に入る。夜になって、北方に針路を採り、
- 1508,643,61,2285ピコルの胡椒を積載し、アンドラギリからバタフィアに向けて航行していたが)プロ・ナウカ
- 458,707,64,2221同月四日朝は南寄りの風、北北西に針路を採り、相當の距離を航行して、此の日の夕刻に
- 986,702,62,2231同月二日南東方向から微風を得て、モナピンを通過した。斯くして本日は、危險なフレデ
- 1617,646,61,2284る。正午頃、船頭アデュルも彼のプラウ船から本船にやって來た。彼のジャンク船は(四〇○
- 882,656,63,1952リック=ヘンドリックス岩礁や其他の難儀に出遭うこともなく、かなり航行した。
- 772,702,65,2239同月三日朝のうちは變り易い風向き。プロ・テンパン嶋を通過して、前面にリンガ諸嶋
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