『大日本古文書』 幕末外国関係文書付録 1 (附録之一) p.444

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奉れる書簡江都より參りぬ、和解并支那文もあり、これを見よとて、原文, は少かけれと、石上の歩行には殆と究しぬ、初め出んとすな前、司農より召來, 東察加より起りて、一帶群島とかれな中なれは、此島は俄國に屬せるに似た, けれは、速に側に至なに、昨日江戸より飛脚參り、前に俄人の發するに臨みて, て、淺草觀音の敷石とは數等を下れは、雨中には平地さへも歩行かたきに、ま, 俄人も漁獵のため久しく居れゝは、いつれの地に屬すへをや疑し、且地形も, して街上の高低の地に造れは、石級なは、其石高低あり、〓隆ありて、なか〳〵, 爲さしめたな書にて、エトロフにはクリル人種多く、日本人種少く、むかしは, 木展にて歩行するは、至て難儀なり、患難しのを、稍久し第してかへるまて、雨, の街衢ありて、道上に石を敷く者多く、其石は太氏は略砥平せる計りの石に, へる所のある一灣内の總名)に軍艦を遣りて據守せしめ、數宇の陣營を營め, り、又亞當吉山又カラフトは、俄國の所有となりて、教化に浴し、垂庇に逢ひ、交, 出されぬ、一應見るに、布恬廷のカヒテインロイテナントピセツトに命して, 易を爲さんと土夷歎き出しのは、三月前アニハ港(我にてクシユンコタン, り、, 、此土の南端は、日本人をり〳〵打漁のため來り居り、假舍に住すれとも、至, て其數少し、この事甚た疑を惹を免かれす、今より以後、此地に來住せる日, 和蘭, 文, 贈レル書, 露國使節, ノ老中二, 翰, 國境, 箕作西征紀行, 四四四

割注

  • 、此土の南端は、日本人をり〳〵打漁のため來り居り、假舍に住すれとも、至
  • て其數少し、この事甚た疑を惹を免かれす、今より以後、此地に來住せる日
  • 和蘭

頭注

  • 贈レル書
  • 露國使節
  • ノ老中二
  • 國境

  • 箕作西征紀行

ノンブル

  • 四四四

注記 (26)

  • 1123,584,60,2174奉れる書簡江都より參りぬ、和解并支那文もあり、これを見よとて、原文
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  • 655,583,58,2303東察加より起りて、一帶群島とかれな中なれは、此島は俄國に屬せるに似た
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