『大日本近世史料』 細川家史料 3 細川忠興文書三 p.120

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可被得其意事、, 次第と被仰出之由候、加樣二候へは各別候間、我々藏納之内ゟも參度と存ルもの候よ、, 分と舟出間敷由、先書フ申候つる、定西可爲參著候、只今は又前かとゝ替、所之舟持共心, 卒度も氣遣成事にては無之候、此外腫物四ツ出來候つる、殘はいつそや給候ねふとのうつ, め一ツ程在之を、今度半分程つかい申候、今は事闕不申候、調合之時分ニ成候よ、又大な, く、はや平愈候、今さ口一寸二三分四方程なをり候はて在之迄二候、膏藥迄二る置申候、, つめ一ツ必可給候、我々も合可申と存候へ共、又合そこなひ候てはと存、申事候事、, へ共、初心にて加減惡候哉、しる引かたまり候て、やく二立不申候、其方給候藥、大なつ, きの止藥乙西おしうしなひ、又ハうつきやみ候西、何も平愈候、うしろの〓こもうつく時, 付候へは、付候藥の下は其まゝうつきやみ申候、か樣之妙藥有間敷儀と存候、我々も合候, 參候る運賃をとり可申由申付候へ共、一人も可參と申もの無之候間、其通小倉まて申遣候、, 一、年明候てから目を煩出候へ共、分清二合をかせ候藥候て、過半能成候、もはや殘すくなこ, 一、我々事、舊冬極月初ゟ、かりかね骨之ちいさき〓出來候つる、妙藥共二るさのみの痛もな, 候間、分清女共二御申候て、此書付之藥御調候る可給候、但、分清いふうものにて、我々所, 眼ヲ患フ, 忠利調合ノ根, 分清ノ調藥ニ, 太ノ藥効著シ, 望ム者ナシ, テ驗アリ, 三齋調合仕損, 癰ヲ患フ, 藏納領内ニテ, ズ, 寛永六年正月(七二一), 一二〇, 寛永六年正月(七二一)

頭注

  • 眼ヲ患フ
  • 忠利調合ノ根
  • 分清ノ調藥ニ
  • 太ノ藥効著シ
  • 望ム者ナシ
  • テ驗アリ
  • 三齋調合仕損
  • 癰ヲ患フ
  • 藏納領内ニテ

  • 寛永六年正月(七二一)

ノンブル

  • 一二〇
  • 寛永六年正月(七二一)

注記 (27)

  • 1996,860,85,520可被得其意事、
  • 2328,861,95,3286次第と被仰出之由候、加樣二候へは各別候間、我々藏納之内ゟも參度と存ルもの候よ、
  • 2491,858,95,3335分と舟出間敷由、先書フ申候つる、定西可爲參著候、只今は又前かとゝ替、所之舟持共心
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