『大日本近世史料』 細川家史料 6 細川忠興文書六 p.214

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今日ゟ少峰藥をのみ申候、書中のことく何ともかけん仕にくゝ候事、, 一、其方煩二付御城へも不被出程之事候哉、無心元候、先日肥後所迄は申遺候枋事之外ひへ物, 遣候積之煎藥之殘を、豐齋もらい候てたへ候へは、それこてもよくきゝ候由申越二付、煎, 參候へと、又風を引、其曉そゝろさむく候間、たき火にてせなか・あたまへむけてあふ, 藥二服遣申候、年寄にて候、食事も成かね候由候間、笑止フ存候事、, り、汗をかき一段きみ能候つる、少あふり過申心候哉、七日之朝ととけ〳〵と仕候間、又, 、左候る、内二まて居候事も成にくゝ候間、寢まきにてあたまをもつゝみまはし、こたつの, 一、如此之故、右之おとりの書付も見不申候、ゆる〳〵と慰二見可申と存候事、, きと笑止二存候、又柳生殿之撚返進候、恐々謹言, ある所へは樣躰見合、風をひかぬやうこして可參と存候事、, 之由、殊痰フたゝるへきと通仙被申候間、我等は枋を一圓たへ不申候、其方はたへらるへ, 「、小田豐齋事外之積病と相見候、休無を以藥之儀申候間、返魂丹を遣申候つる、其後休無二, 九月七日, 三齋, モ叶ハズ, 返魂丹煎藥ヲ, ヲ試ミン, 風邪ヲ引カヌ, 枕ハ痰ニ惡シ, 忠利煩ヒ登城, 樣ニシテ外出, 小田豊齋癪ヲ, 藥ヲ服用ス, 遣ス, ヲ炙リ少峰ノ, 煩フ, 焚火ニテ背頭, 宗立〇, (ローマ字青印), 寛永十四年九月(一四九八), 二一四

頭注

  • モ叶ハズ
  • 返魂丹煎藥ヲ
  • ヲ試ミン
  • 風邪ヲ引カヌ
  • 枕ハ痰ニ惡シ
  • 忠利煩ヒ登城
  • 樣ニシテ外出
  • 小田豊齋癪ヲ
  • 藥ヲ服用ス
  • 遣ス
  • ヲ炙リ少峰ノ
  • 煩フ
  • 焚火ニテ背頭
  • 宗立〇
  • (ローマ字青印)

  • 寛永十四年九月(一四九八)

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  • 二一四

注記 (31)

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