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しるし、都廻・大和廻・東路記・木曾路記等をあらはし、吉野山・天橋立等の景致を繪, 祭祀・佛宇の法會、すへて故事・人事・景物の類にいたるまて盡くその曰に繋記し、毎, 各卷曰次のさたまらさるものをもつて始に出し、次に朔曰より三十日に至るまて神社の, む、すへて此書においてもるゝ所の事は後篇に出すといふ、これは七月以下を闕、追刻, 勝地に遊ふことを好み、壯年京都に遊學せられし時、既に畿内の名勝を歴覽し、西歸の, の事にして諸國はその十か一に居れり、書中往々畫圖をあらはして當時の模樣をしらし, 條その頭に〓を置く、三都およひ諸國を分ち、山城國中は京師の部にしるし、攝津國中, るし、風俗のたくひは人事の部に記し、花鳥の類は景物の部に記し、載る所多くは三都, は大坂の部に記し、武藏國中は江戸の部にしるし、古ありて今なきものは故事の部にし, 後もあまたゝひ上京し、又事務によりてしは〳〵東行し、處々の勝地を過してその赴を, 貝原篤信撰、延享乙丑竹田定直序に、盆軒先生會稽に登り、禹穴を探る志ありて、名區, 扶桑紀勝三十三卷, に托して先半を刻せしにや、, 六月, 寫本, 三十三册, 定直序, 事ハ盡ク日ニ, ニ出シ他ノ行, 貝原篤信撰, 延享二年竹田, ザルモノヲ始, 盆軒名勝ヲ探, 三都ノ事多シ, 日次ノ定マラ, 景物ノ部, 七月以下ヲ闕, 繋ク, ルコトヲ好ム, 晝圖, 人事ノ部, 故事ノ部, 總紀第一, 一八九
割注
- 寫本
- 三十三册
頭注
- 定直序
- 事ハ盡ク日ニ
- ニ出シ他ノ行
- 貝原篤信撰
- 延享二年竹田
- ザルモノヲ始
- 盆軒名勝ヲ探
- 三都ノ事多シ
- 日次ノ定マラ
- 景物ノ部
- 七月以下ヲ闕
- 繋ク
- ルコトヲ好ム
- 晝圖
- 人事ノ部
- 故事ノ部
柱
- 總紀第一
ノンブル
- 一八九
注記 (34)
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