『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 2 p.106

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ゆゑなり、又延暦中に太神の御教を受たてまつり建立せし寺なれは、神願寺と號して藥, 高雄山神護寺縁起一卷, しを文覺興起せし事、其後、, 八年八月大膳大夫春原國枝等四人の名を注す、, 氣の氏寺なれは辭しかたくて歴代の實録並に諸家の舊記等を採撫して記せし由をいふ、, 如來を安置し、足立寺と名付け、和氣の氏寺となすと、これ清麻呂たゝれし足再ひ立し, 呂を伊勢に詣しめ給ひ、託宣ありしよし、又清麿後に時を得て男山に一寺を建て、彌勒, かし孝謙天皇道鏡を寵したまひ天位を讓らんとせられし時、天皇神使を夢みて遂に清麻, 師の尊像を安置すといふ、また天長元年神護國祚寺と名をあらためしよし、一旦衰微せ, 神護寺は垂仁天皇十五代の後胤從三位和氣朝臣清麻呂、延暦中に建立せし所にして、む, 前の願文と同時の紀歟、末に八所御靈略記を載す、八所は吉備大臣・崇道天皇・伊與内, 親王・伊與親王・橘速勢・大宰少貳弘嗣・宮田麿・玄肪僧正をいふ、此八所の紀は明應, 從三位賢忠撰、承應二年夏四月の自跋あり、其大意に半井驢庵瑞堅かすゝめにより、和, 台徳院殿御時にいたり龍巖上人に命して勸化をもつて再興すへきよし御教書を下し給ひ、, 寫本, 一册, 承應二年自跋, 和氣清麻呂ノ, 伏原賢忠撰, 再興, 建立, 文覺及龍巖ノ, 八所御靈略記, 編脩地誌備用典籍解題卷之五, 一〇六

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  • 承應二年自跋
  • 和氣清麻呂ノ
  • 伏原賢忠撰
  • 再興
  • 建立
  • 文覺及龍巖ノ
  • 八所御靈略記

  • 編脩地誌備用典籍解題卷之五

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  • 一〇六

注記 (25)

  • 487,713,74,2247ゆゑなり、又延暦中に太神の御教を受たてまつり建立せし寺なれは、神願寺と號して藥
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