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草壁皇太子傳來目皇子傳並粂寺記一卷, 委歌譯注を載るにおはれり、, 圖およひ石〓圖をあらはし、次に佛足石・〓石正面およひ右面刻する處の銘、次に當寺, 文室眞人淨三・韓人黄書本實・唐山人王玄策等三人の事蹟をしるし、次に佛足石碑銘の, 且みつから一通を草し、かたはら譯注を附し、もつて合刻し、かの飜刻せし佛足石記お, せし所ならん、草壁皇子は天武第一子、來目皇子は用明第二子、この傳、日本紀以下雜, 云、神護二年天皇幸越智之順路、百官令下馬者能叶之、大和志、檀山陵爲皇祖母尊者、, よひ露盤銘に併せてともに一册となし、印板を藥師寺に贈りしとそ、卷首に佛足跡縮寫, 史より抄出したるものなり、但、來目系圖、紹運録の遺漏を補ふ、案るに、尚按、草壁, 塔露盤銅柱に刻するところの銘をのす、次に和漢の史籍を引て、趺石右面の銘のする處, 陵眞弓村字官主豕或威王家即是、今此二豕竝立、即自越邑]至越智之路傍南也、續日本紀, 撰人をあらはさす、草壁傳粂寺考の下、尚按と書するものあり、恐らくは竹口尚重か記, に、遂に親らその眞跡を見るにおよんて追念の情にたえす、よつて梓にのほせて飜刻し、, 个深考得也、又皇太子之時、攝行萬機之間、官主家又號威王家之字亦合之と、考據明確, 寫本, 一册, 撰人ヲアラハ, 竹口尚重ノ記, セシ所ナラン, 盤銘ノ飜刻譯, サズ, 佛足石記及露, 注, 編脩地誌備用典籍解題卷之五, 一六四
割注
- 寫本
- 一册
頭注
- 撰人ヲアラハ
- 竹口尚重ノ記
- セシ所ナラン
- 盤銘ノ飜刻譯
- サズ
- 佛足石記及露
- 注
柱
- 編脩地誌備用典籍解題卷之五
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- 一六四
注記 (25)
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