『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 2 p.249

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中古兵革の際廢失し、僅に舊蹟を存せることを歎慨せり、, 四天王寺、東成郡荒陵郷にあり、一に敬白院といひ、又難波大寺といふ、寛政二年大坂, 塔・樓閣・本坊・僧舍・四大門・浴室・茶所・名池・名水・境内大小の神祠・境外の三, に刻するところ、開卷伽藍の圖をあらはす、春朝齋竹原信繁か畫くところにして、堂, す、所謂三院は施藥院・療病院・悲田院をいへり、次に縁起の文を引て來由を略書し、, 下の二圖これにならへ、, をあらはすといへとも、實は兵家者流の手になるもの、地理においてとるへきものなし、, 大坂御陣之圖一鋪信, 元和元年五月七曰の御陣出張の備立の圖にして、, 御當家は墨、豐臣方は朱をもてしるせり、その間あるところの山川・橋梁・神社・佛閣, 院をはしめ、神社・佛閣・接境の民屋・市塵・古蹟・山林に至るまて、こと〳〵く着色, 四天王寺伽藍圖一帖, 元和元年五月, 三院佛閣接境, 竹原信繁圖, 寛政二年大坂, ノ民屋山林等, ノ神祠境外ノ, 堂塔伽藍境内, ニ刻ス, 出陣備立ノ圖, 悉ク着色シテ, 圖ス, 別記第三(攝津), 二四九

頭注

  • 元和元年五月
  • 三院佛閣接境
  • 竹原信繁圖
  • 寛政二年大坂
  • ノ民屋山林等
  • ノ神祠境外ノ
  • 堂塔伽藍境内
  • ニ刻ス
  • 出陣備立ノ圖
  • 悉ク着色シテ
  • 圖ス

  • 別記第三(攝津)

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  • 二四九

注記 (25)

  • 1113,708,57,1461中古兵革の際廢失し、僅に舊蹟を存せることを歎慨せり、
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  • 1226,706,58,2212す、所謂三院は施藥院・療病院・悲田院をいへり、次に縁起の文を引て來由を略書し、
  • 426,710,54,588下の二圖これにならへ、
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