『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 2 p.388

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振裾考記一卷, 府ちかくなりて今の浦といへる海ありといふ事を引く、今案るに、この書磐田郡の所に, 見付の驛の國府と書、光行の頃には國府の所かはりたるにや猶考ふへし、十二郡の終松, 木嶋村、六穀の内稻を作る事なし、橘村、橘逸勢を葬りし地、吾迹川、人丸の歌、袖師, 浦又磐田海ともいひけるよし、又嵯峨帝弘仁十一年遠江國駿河國に配流せし新羅人謀反、, 遠州諏訪大祝信濃守藤國頭撰、案るに、是書遠江國の名所を考、振裾の義いまた知へか, しといふ、山名郡、今浦光行か記に遠江國府今の浦に着ぬと、また富士紀行に遠江の國, 東照宮中泉に御逗留の御時の御物語二條を記するに終る、, 榛原むかし秦原と書たるは新羅人配せしの地なり、秦新字を違たりといふ五條を記せり、, 今はその處は河瀬になるといへり、是をおもへは天龍川も中泉の南まてありし事疑ひな, 々と流れたりと、今その間半道はかりも有、村老曰、池田の里は昔は天龍河の西に在し、, らす、第一條、分國定堺、日本紀・古事記を徴引す、第二條、遠江國號の名義を載、第, 次に産物山川を記し、次に, 三條、猪鼻驛、國史・延喜式およひ更級日記を徴引す、第四條、濱名湖、文徳實録及ひ, 寫本, 一册, 松木島村, 橘村, 藤原國頭撰, 遠江國ノ名所, 古書ヲ引キテ, 吾迹川, 袖師浦, ヲ考フ, 榛原, 國府, 編脩地誌備用典籍解題卷之八, 三八八

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  • 寫本
  • 一册

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  • 松木島村
  • 橘村
  • 藤原國頭撰
  • 遠江國ノ名所
  • 古書ヲ引キテ
  • 吾迹川
  • 袖師浦
  • ヲ考フ
  • 榛原
  • 國府

  • 編脩地誌備用典籍解題卷之八

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  • 三八八

注記 (28)

  • 536,646,74,474振裾考記一卷
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