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高遠軍記一卷, 又前嶽の絶頂にある岩鳥の事をしるす、鳥の大サ〓ほと、背より尾まて黒く、胸白く、, 許さすといへり、又城の記共に當る別嶽の事を記す最詳、駒嶽につゝき高嶽なりといふ、, 鳴聲百舌の如く、駒嶽にも同し岩鳥ありといへり、, り、卷末、右元暦元年高遠築城より寛政元年に至て凡六百三年になるといへり、第一筋, 字疑へくもあらすといふ、また又小松の遠〓といふもの當村に藤左衞門といへる百姓あ, り、彼家に七尺はかりの手鉾二本、長刀一振、鎧の至極古きとを持傳へたり、家系は中, 夏四字法名なり、一とせ太守の巡見に從ふてまのあたり見しに〓落したれとも、圓寂の, 保二甲戌年といひ傳ふ、中根經世案るに、國家と見へたるは圓寂の字なるへし、一翁常, 權現靈驗事、第四城主轉替附仁科家系の事、第五織田家侵伐附下伊那筋開城の事、第六, ころ兄弟の内上山田村へ養子にゆき、此もの方にあり、今秘して、紛失せりとて他見を, 原頼直行状附高遠築城事、第二木曾家親移住附高遠興廢事、第三千村内匠守城附御嶽, 平常富撰、常富信濃人、内藤氏に仕ふ、寛政元年己酉の自跋あり、高遠城伊奈郡にあ, 久寺にある所の位牌并里老の云傳ふる所、國家一翁常夏大信士、年號位牌にもなし、建, 寫本, 一册, 高遠城ノ興廢, 平常富撰, 寛政元年自跋, 等ニツキ記ス, 別紀第十二(信濃), 三五一一
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- 寫本
- 一册
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- 高遠城ノ興廢
- 平常富撰
- 寛政元年自跋
- 等ニツキ記ス
柱
- 別紀第十二(信濃)
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- 三五一一
注記 (22)
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