『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 3 p.118

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

二、井九、, ためて書寫して、篋底におさめて人に見する事なきのみとあれは、この書は光融その交, 中卷, およひその所々にて、吟詠せし詩哥をも交へしるしたる書にして、遺佚・陶々齋は書中, 恠誕猥〓をましへ記するにより、光融か假托して名つくる所の名なり、一書の大略、, 友遺佚と陶々齋の二人、嘗て同遊せし所々をおもひ出るにまかせ、隨筆の體にかきなし、, をむなしくせんも本意ならねは、落たるをはぶきたるまてにて、うたかはしきをもあら, 本は櫻田に住し光融入道所勞の頃なくさみに書あつめ、予に清書せよとおくりて後殞命, くはへたれは、遠國の人また末の世には詞つき聞かぬる事もあるへけれと、舊友の遺〓, 上卷, 池四、橋九、渡四、舟七、野六、小路四、塚十二、馬場九, 御城廻りおよひ古城蹟三、山十一、坂二十六、谷八、窪六、谷十三、川八、島六、堀, 今江戸のはやり詞・はやり小哥をおほくかき, 下卷, す, り、また跋文省略異同等ある時は、遺佚再ひ筆珊をくヽ, 別に上木して紫の一本と題して單行するものあり、, はへて三卷となせしか、いまたその是非を詳にせす、, 按に、酒井忠昌か南向茶話に、紫一本六卷跋、此紫の一本は櫻田に住し光融入道所勞の頃、故あつて相あつめ、, 按に、八丁堀の下了然尼か詩より當時諸家の詠哥は, 〓覺違もあらは加墨せよとありて、某にわたし給ふを清書す、天和三年癸亥年とあり、六卷の六、恐は三の字の誤, 同遊セシ所々, ノ事ヲ詩歌ヲ, 交ヘテ書綴レ, 遺佚陶々齋ト, 光融ソノ交友, ル隨筆, 編脩地誌備用典籍解題卷之十, 下卷, 八, 卷之十一

割注

  • り、また跋文省略異同等ある時は、遺佚再ひ筆珊をくヽ
  • 別に上木して紫の一本と題して單行するものあり、
  • はへて三卷となせしか、いまたその是非を詳にせす、
  • 按に、酒井忠昌か南向茶話に、紫一本六卷跋、此紫の一本は櫻田に住し光融入道所勞の頃、故あつて相あつめ、
  • 按に、八丁堀の下了然尼か詩より當時諸家の詠哥は
  • 〓覺違もあらは加墨せよとありて、某にわたし給ふを清書す、天和三年癸亥年とあり、六卷の六、恐は三の字の誤

頭注

  • 同遊セシ所々
  • ノ事ヲ詩歌ヲ
  • 交ヘテ書綴レ
  • 遺佚陶々齋ト
  • 光融ソノ交友
  • ル隨筆

  • 編脩地誌備用典籍解題卷之十
  • 下卷

ノンブル

  • 卷之十一

注記 (31)

  • 533,766,57,241二、井九、
  • 1225,763,63,2243ためて書寫して、篋底におさめて人に見する事なきのみとあれは、この書は光融その交
  • 421,937,50,106中卷
  • 997,762,64,2249およひその所々にて、吟詠せし詩哥をも交へしるしたる書にして、遺佚・陶々齋は書中
  • 880,755,66,2162恠誕猥〓をましへ記するにより、光融か假托して名つくる所の名なり、一書の大略、
  • 1109,760,66,2264友遺佚と陶々齋の二人、嘗て同遊せし所々をおもひ出るにまかせ、隨筆の體にかきなし、
  • 1342,761,61,2243をむなしくせんも本意ならねは、落たるをはぶきたるまてにて、うたかはしきをもあら
  • 1803,750,65,2252本は櫻田に住し光融入道所勞の頃なくさみに書あつめ、予に清書せよとおくりて後殞命
  • 1455,761,64,2243くはへたれは、遠國の人また末の世には詞つき聞かぬる事もあるへけれと、舊友の遺〓
  • 768,936,53,107上卷
  • 305,763,60,1497池四、橋九、渡四、舟七、野六、小路四、塚十二、馬場九
  • 650,761,68,2242御城廻りおよひ古城蹟三、山十一、坂二十六、谷八、窪六、谷十三、川八、島六、堀
  • 1576,1858,58,1153今江戸のはやり詞・はやり小哥をおほくかき
  • 193,939,52,106下卷
  • 1688,755,48,43
  • 1598,760,49,1065り、また跋文省略異同等ある時は、遺佚再ひ筆珊をくヽ
  • 516,1048,54,986別に上木して紫の一本と題して單行するものあり、
  • 1552,758,51,1019はへて三卷となせしか、いまたその是非を詳にせす、
  • 1717,806,52,2181按に、酒井忠昌か南向茶話に、紫一本六卷跋、此紫の一本は櫻田に住し光融入道所勞の頃、故あつて相あつめ、
  • 564,1041,49,1011按に、八丁堀の下了然尼か詩より當時諸家の詠哥は
  • 1670,795,55,2215〓覺違もあらは加墨せよとありて、某にわたし給ふを清書す、天和三年癸亥年とあり、六卷の六、恐は三の字の誤
  • 1180,369,40,255同遊セシ所々
  • 1136,377,38,251ノ事ヲ詩歌ヲ
  • 1092,370,40,255交ヘテ書綴レ
  • 1223,369,40,257遺佚陶々齋ト
  • 1268,369,40,261光融ソノ交友
  • 1044,377,40,120ル隨筆
  • 1942,908,41,631編脩地誌備用典籍解題卷之十
  • 193,940,52,106下卷
  • 1949,2558,42,40
  • 1941,1388,44,158卷之十一

類似アイテム