『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 3 p.145

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隅田川雜語一卷, りてかゝる石碑を立られしにやと、又駿河國まつち山との辨別を述、此碑は世に聞えし, 生ひ、水かれし所多く侍りしか、今はそのおもかけもなく、みな田地となりしと云云、, より東へ大川をほりて銚子の方へ流す、今是を新戸根と云、今橋場のわたしを古すた川, またむかし合瀬川といへるを今綾瀬川といふ事より、寛永の頃、戸根川を今の古賀の末, 中院家の御弟子にて歌もよくよまれしなれと、わかまゝなる人故御勘氣の弟子なり、よ, 山影向寺略縁起に至るまてを一册とす、, の渡といひ、奧方の諸大名家々の橋をかけられし故に今是を橋場といふ事抔を辨證せり、, 撰者年歴を詳にせす、卷首に云、古の隅田川のあとやう〳〵殘りてあり、とき〳〵尋行, て見るに、今の木母寺よりは五六町東、田中に三四十間程のふけ地ありて、あしおほく, 又戸田茂睡まつち山に石碑を立、あはれとはてふの歌よみて立られし、此茂睡といふは, 所なれと、碑を立し故は世にしらさる所奇とすへし、みな是等の類にして、隅田川近邊, 常什天竺因陀羅王墨畫の維摩尊、大唐經山寺無準禪師の讚略記に至るまてを一册とし、, 間宮靱負信常元祿年中武州橘樹郡川崎村佐々木大明神え奉納の寶劔の圖より、同郡威徳, 外題に語を書に作る、, 寫本, 册, 撰者年歴ヲ詳, 隅田川近邊社, ニセズ, 寺ノ沿車變遷, 及地名ノ考證, ヲ記ス, 別紀第八(武藏), 一四五

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  • 寫本

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  • 撰者年歴ヲ詳
  • 隅田川近邊社
  • ニセズ
  • 寺ノ沿車變遷
  • 及地名ノ考證
  • ヲ記ス

  • 別紀第八(武藏)

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  • 一四五

注記 (25)

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