『大日本維新史料 類纂之部』 井伊家史料 3 嘉永6年1月~安政1年12月 p.83

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の感ふく奉けり、, 禹王善言を聞度に拜されしと申聖人の振舞と千古同轍の, 質之所は數十年來聖人の道を御耳に留られ、, 身分ニてケ樣なる無禮の儀申上候事不屆なれば、御咎仰付られべきにやと申上ければ、譬下, と申所ニて、申上候迄もなく自然と御徳義の下ニ通し候神明不思義之場こて候、是全御美, らる、後の世にも漢の文帝・唐の太宗など申名高キ大聖英主たちは、皆下々の申言葉を能聞, 思召ニて難有御事と奉存候、堯舜抔申大聖至聖の上ニあも猶諫の鼓を設置、下々の言葉を求, 賤の身ニて不用之事申上たりとも、, 差上べし、下々の取沙汰を聞てこそ政事の得失もあるべしと仰られしかば、斯申上たるも, れてこそ今の世まで美名芳蹟をあらはされ候、恐ながら當, 上の爲と存申上たる志を稱美すべしと仰ありて、御褒美に白銀を下されける、是等皆夏の, 御心に御熟し遊し候, 御代御仁心厚くおはしまし候ことは、士民町人其外陪臣共皆々御噂申上候事は、聖人の感格, 有徳院樣御代、山下廣内と申浪人者御政事を批判して存慮を申上し時、年寄共は一統浪人の, しと言上せしを聞し召て、夫はすこしも苦からず、左樣の狂哥落首抔ならば何程も寫し取て, 稱美ス, 當代ノ仁心厚, ノ政事批判ヲ, キハ聖人ノ道, 徳川吉宗浪人, 例, ヲ履ム二ヨル, 中國聖人ノ事, 嘉永六年六月, 八三

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  • 稱美ス
  • 當代ノ仁心厚
  • ノ政事批判ヲ
  • キハ聖人ノ道
  • 徳川吉宗浪人
  • ヲ履ム二ヨル
  • 中國聖人ノ事

  • 嘉永六年六月

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  • 八三

注記 (25)

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