『維新史』 維新史 1 p.123

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

るべきである。, ら題して梅里先生墓といひ、碑陰に、, 文書・古記録の蒐集に力め、殊に南朝事蹟の研究には遺漏なからんことを期した。, 元祿四年五月光圀は居を久慈郡太田郷の西山に移し、壽藏を先〓の側に造り、自, 疑、正閏皇統、是非人臣、輯成一家之言。, 修史に對する光圀の態度は、極めて眞摯嚴正なもので、幾多の困難を排して古, ただけで、寶永三年三十六歳で歿した。觀瀾は淺見〓齋及び木下順庵に師事し、, 猶闇齋の學統に屬して史官であつた者に鵜飼錬齋, 二十六歳で水戸に聘せられ、寶永六年總裁に進んだ。建武中興の偉業に精通し, て「中興鑑言」を著したが、正徳元年新井白石の推薦により幕府の儒官に轉じた。, 町時代の變遷を敍述しようとして、纔かに後小松・稱光・後花園三天皇紀を起稿し, 自蚤有志于編史。然罕書可徴。爰搜爰購、求之得之。微燐以稗官小説、撫實闕, 水戸修史の闇齋學に負ふ所が多く、それが水戸學大成の要素となつたことを知, られ、元祿十年二十八歳の時に總裁に進んだ。而して公暇「倭史後編」を起稿し、室, 同稱齋, があつた。以て, 泰, 眞, 昌, 眞, の態度, 光圀修史, 第二章尊王思想の發達第三節水戸學の大義名分論, 一二三

割注

頭注

  • の態度
  • 光圀修史

  • 第二章尊王思想の發達第三節水戸學の大義名分論

ノンブル

  • 一二三

注記 (24)

  • 1037,573,53,395るべきである。
  • 592,575,54,1003ら題して梅里先生墓といひ、碑陰に、
  • 813,567,62,2288文書・古記録の蒐集に力め、殊に南朝事蹟の研究には遺漏なからんことを期した。
  • 701,572,61,2272元祿四年五月光圀は居を久慈郡太田郷の西山に移し、壽藏を先〓の側に造り、自
  • 367,638,57,1004疑、正閏皇統、是非人臣、輯成一家之言。
  • 923,630,62,2213修史に對する光圀の態度は、極めて眞摯嚴正なもので、幾多の困難を排して古
  • 1609,570,64,2279ただけで、寶永三年三十六歳で歿した。觀瀾は淺見〓齋及び木下順庵に師事し、
  • 1255,569,60,1463猶闇齋の學統に屬して史官であつた者に鵜飼錬齋
  • 1491,571,65,2269二十六歳で水戸に聘せられ、寶永六年總裁に進んだ。建武中興の偉業に精通し
  • 1373,570,66,2227て「中興鑑言」を著したが、正徳元年新井白石の推薦により幕府の儒官に轉じた。
  • 1725,567,67,2273町時代の變遷を敍述しようとして、纔かに後小松・稱光・後花園三天皇紀を起稿し
  • 479,639,61,2217自蚤有志于編史。然罕書可徴。爰搜爰購、求之得之。微燐以稗官小説、撫實闕
  • 1145,566,64,2272水戸修史の闇齋學に負ふ所が多く、それが水戸學大成の要素となつたことを知
  • 1844,568,61,2268られ、元祿十年二十八歳の時に總裁に進んだ。而して公暇「倭史後編」を起稿し、室
  • 1264,2107,53,196同稱齋
  • 1267,2391,53,439があつた。以て
  • 1244,2323,43,39
  • 1293,2322,39,39
  • 1248,2054,36,39
  • 1292,2054,39,40
  • 900,321,37,117の態度
  • 943,313,39,165光圀修史
  • 263,706,47,1332第二章尊王思想の發達第三節水戸學の大義名分論
  • 264,2361,47,127一二三

類似アイテム