『維新史』 維新史 1 p.85

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二維新前の諸學派, く、門に淺見〓齋, 朱子學派に南學と稱せられる一派がある。起原は古くて南村梅軒に依つて, 後、土佐の吸江寺に移つて時中に學んだのであるが、程朱の學に心醉して、髮を蓄, て極めて有意義のことであつた。闇齋は初め叡山に學び、次いで妙心寺に入り、, 加流を開くに及び、三傑は其の門を去り、後、〓齋のみは復歸し、他に谷秦山, は講筵聽聞を廣く士庶にも許したので、昌平〓は幕末に至つて、愈〻其の盛を見る, ・玉木, へて儒に歸し、京都に還つて正保三年を以て講舍を開いた。就いて學ぶ者が多, 節を貴び、師道の嚴正を以て知られ、時中の門よりは小倉三省・野中兼山, 等が輩出した。而して同門より闇齋を出したことが、當代の朱子學とし, 土佐に創められ、谷時中, に依つて大成せられたものである。此の派は特に氣, て正式に官學と定め、昌平坂學問所と稱せしめた。而して天保十二年十一月に, ・佐藤直方・三宅尚齋の三傑を出したが、闇齋が神道に歸して垂, に至つたのである。, 齋, 山崎闇, 敬義, 繼, 嘉、, 遠, 有, 素, 正, 安, 良, 重, 山崎闇齋, 南學, 第二章尊王思想の發達第一節儒學國學の興隆, 八五

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  • 敬義
  • 嘉、

頭注

  • 山崎闇齋
  • 南學

  • 第二章尊王思想の發達第一節儒學國學の興隆

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  • 八五

注記 (32)

  • 1372,976,55,582二維新前の諸學派
  • 478,574,54,458く、門に淺見〓齋
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  • 698,568,62,2272後、土佐の吸江寺に移つて時中に學んだのであるが、程朱の學に心醉して、髮を蓄
  • 808,562,62,2288て極めて有意義のことであつた。闇齋は初め叡山に學び、次いで妙心寺に入り、
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