『維新史』 維新史 1 p.183

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に難を免るるを得た。, 各一所、京都の三十八所と泉涌寺の御陵に就いて謹述し、, 歸郷した。爾來「山陵志」の執筆に專念して、文化五年に上梓したが、其の内容は大, の有樣を見聞して慷〓禁ずる能はず、伊勢に本居宣長を訪ね、更に佐渡を〓つて, シテ、大義ニハ御曉キ者ト奉存候」との素懷を訴へ、儒官林述齋の救解があつて、幸, 和の山陵三十一所、河内の十三所、和泉の三所、攝津・丹波・阿波・淡路・讚岐・隱岐・佐渡の, 寓居して附近の帝陵及び史蹟を探り、次いで攝河泉を經て大和に赴き、山陵荒廢, ニ奉存候「此書ニ撰申候ハ竊ニ期不朽「心ニ恃ミ申候ハ御歴々樣ハ天資高明ニシ, とて、御陵に對する崇敬の念と尊王思想とを披瀝せるものであつた。然るに其, 山陵志と並び稱せられるものは、君平の「職官志」である。文化元年彼が江戸に, ト、拙者多年ノ願ニ候。(寛政十一年十一月二十八日附), の書は幕府の忌諱に觸れた。是に於いて、君平は「於聖代此一大闕典ハ偏ニ歎事, 斯くて君平は、寛政十一年の末宇都宮を發足して京都に上り、小澤蘆庵の許に, 山陵猶宗廟也。苟無有之、則臣子何仰焉。臣子惟仰乎此而祀焉。則其禮隆矣, 自陵志, 職官志, 第二章尊王思想の發達第五節各地の尊王思想, 一八三

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  • 自陵志
  • 職官志

  • 第二章尊王思想の發達第五節各地の尊王思想

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  • 一八三

注記 (18)

  • 486,583,57,595に難を免るるを得た。
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