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伊丹播磨守, せんとせる時であり、殊に先に述べた明暦三年の大火には、江戸城本丸・二丸・三丸, に歸せしめ、其の復舊と罹災せる大名・旗本・町人の救恤に幕府は巨額の出費を要, したのであつた。而してこれが爲には、大坂・駿府の貯銀を江戸に輸送するの止, むなきに至つて、潤澤を誇つた幕府財政も、漸く收支の均衡を失することとなつ, を始めとして、大名邸宅五百、社寺三百、倉糜九千、橋梁六十、町數八百の家々を灰燼, 本丸が炎上するや、天主臺下の奧金藏に藏せられし多數の金銀が融解し、萬治年, 天守金銀帳」によれば、當時小判にして三百八十四萬七千百九十四兩三分の金銀, たのである。荻生徂徠が「政談」に、寛文年間に於ける府庫の有樣を記して、, が奧金藏に藏されてゐた。而して家綱の代は世上漸く奢侈に赴き、支出亦膨脹, 儀ノ御使用入ルヲ計リテ出ルヲ校レバ、早出ル方多ク成テ、御藏ノ金ヲ毎年一, に及んだ。更に「寛文元年御, 間に至つて之を吹別けたが、其の額は實に小判百七十萬兩餘・大判一萬五千枚餘・, ・銀分銅百二十八箇, 二萬兩程ヅツ足ス也。御代久ク傳リタル後ハ、御役人難儀ヲ致スベシト申タ, 御勘定頭タリシ時、竊ニ念比ニシタリシ人ニ私語タリシハ、公, 金分銅二十箇, 七貫百六十匁, 貫八百十匁, 五千六百二十, 八百七十八, ○勝, 長, の收支, 家綱時代, 第二編封建制度の分解, 二九六
割注
- 七貫百六十匁
- 貫八百十匁
- 五千六百二十
- 八百七十八
- ○勝
- 長
頭注
- の收支
- 家綱時代
柱
- 第二編封建制度の分解
ノンブル
- 二九六
注記 (27)
- 456,654,56,318伊丹播磨守
- 1120,585,59,2263せんとせる時であり、殊に先に述べた明暦三年の大火には、江戸城本丸・二丸・三丸
- 898,588,58,2263に歸せしめ、其の復舊と罹災せる大名・旗本・町人の救恤に幕府は巨額の出費を要
- 786,592,58,2259したのであつた。而してこれが爲には、大坂・駿府の貯銀を江戸に輸送するの止
- 677,589,58,2256むなきに至つて、潤澤を誇つた幕府財政も、漸く收支の均衡を失することとなつ
- 1008,585,60,2265を始めとして、大名邸宅五百、社寺三百、倉糜九千、橋梁六十、町數八百の家々を灰燼
- 1712,580,61,2263本丸が炎上するや、天主臺下の奧金藏に藏せられし多數の金銀が融解し、萬治年
- 1349,580,63,2263天守金銀帳」によれば、當時小判にして三百八十四萬七千百九十四兩三分の金銀
- 565,590,60,2076たのである。荻生徂徠が「政談」に、寛文年間に於ける府庫の有樣を記して、
- 1231,579,62,2267が奧金藏に藏されてゐた。而して家綱の代は世上漸く奢侈に赴き、支出亦膨脹
- 340,641,60,2190儀ノ御使用入ルヲ計リテ出ルヲ校レバ、早出ル方多ク成テ、御藏ノ金ヲ毎年一
- 1469,2070,59,777に及んだ。更に「寛文元年御
- 1591,584,61,2277間に至つて之を吹別けたが、其の額は實に小判百七十萬兩餘・大判一萬五千枚餘・
- 1473,1236,56,538・銀分銅百二十八箇
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