『維新史』 維新史 1 p.295

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伊丹播磨守, せんとせる時であり、殊に先に述べた明暦三年の大火には、江戸城本丸・二丸・三丸, に歸せしめ、其の復舊と罹災せる大名・旗本・町人の救恤に幕府は巨額の出費を要, したのであつた。而してこれが爲には、大坂・駿府の貯銀を江戸に輸送するの止, むなきに至つて、潤澤を誇つた幕府財政も、漸く收支の均衡を失することとなつ, を始めとして、大名邸宅五百、社寺三百、倉糜九千、橋梁六十、町數八百の家々を灰燼, 本丸が炎上するや、天主臺下の奧金藏に藏せられし多數の金銀が融解し、萬治年, 天守金銀帳」によれば、當時小判にして三百八十四萬七千百九十四兩三分の金銀, たのである。荻生徂徠が「政談」に、寛文年間に於ける府庫の有樣を記して、, が奧金藏に藏されてゐた。而して家綱の代は世上漸く奢侈に赴き、支出亦膨脹, 儀ノ御使用入ルヲ計リテ出ルヲ校レバ、早出ル方多ク成テ、御藏ノ金ヲ毎年一, に及んだ。更に「寛文元年御, 間に至つて之を吹別けたが、其の額は實に小判百七十萬兩餘・大判一萬五千枚餘・, ・銀分銅百二十八箇, 二萬兩程ヅツ足ス也。御代久ク傳リタル後ハ、御役人難儀ヲ致スベシト申タ, 御勘定頭タリシ時、竊ニ念比ニシタリシ人ニ私語タリシハ、公, 金分銅二十箇, 七貫百六十匁, 貫八百十匁, 五千六百二十, 八百七十八, ○勝, 長, の收支, 家綱時代, 第二編封建制度の分解, 二九六

割注

  • 七貫百六十匁
  • 貫八百十匁
  • 五千六百二十
  • 八百七十八
  • ○勝

頭注

  • の收支
  • 家綱時代

  • 第二編封建制度の分解

ノンブル

  • 二九六

注記 (27)

  • 456,654,56,318伊丹播磨守
  • 1120,585,59,2263せんとせる時であり、殊に先に述べた明暦三年の大火には、江戸城本丸・二丸・三丸
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  • 786,592,58,2259したのであつた。而してこれが爲には、大坂・駿府の貯銀を江戸に輸送するの止
  • 677,589,58,2256むなきに至つて、潤澤を誇つた幕府財政も、漸く收支の均衡を失することとなつ
  • 1008,585,60,2265を始めとして、大名邸宅五百、社寺三百、倉糜九千、橋梁六十、町數八百の家々を灰燼
  • 1712,580,61,2263本丸が炎上するや、天主臺下の奧金藏に藏せられし多數の金銀が融解し、萬治年
  • 1349,580,63,2263天守金銀帳」によれば、當時小判にして三百八十四萬七千百九十四兩三分の金銀
  • 565,590,60,2076たのである。荻生徂徠が「政談」に、寛文年間に於ける府庫の有樣を記して、
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