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四松平慶永の入説, てより親交の間柄であつた土州藩主山内豐信, に相異れるかは、是にても明瞭であらう。, は橋本左内を京都に派遣し、堂上廷臣間に親しく入説せしめたのであつた。即, ち安政五年正月、慶永は幕府が老中堀田正睦を上洛せしめると聞き、上國の形勢, 必ずしも樂觀を許さず、萬一正睦の使命にして水泡に歸せんか、自己の最も主張, 々打拂等勸申、既先日迄も文通有之處、一昨日別早飛脚を以て、俄變心之儀申越、言, して止まざる一橋慶喜擁立の問題にも影響を及すべきは必然であると考へ、豫, 水戸藩に次いで京都手入に關係の多かつた雄藩を福井藩とすべく、藩主慶永, 語道斷之事也」と記してゐる有樣であつた。世上の風説と齊昭の眞意とが如何, に對して、其の腹心を上京せ, しめ、公武の間を周旋せしめられたき旨を懇請に及んだ。これ豐信は内大臣三, 能の如きは其の手記に「建通卿内話、水戸前中納言、從來蠻夷之儀愁歎、太閤へも度, 條實萬の女を夫人として迎へ、自然廷臣間にも便宜が多かるべしと思惟した結, 土佐, 守, 松平慶永, と山内豐, 信, 第二章條約勅許の奏請第四節諸大名の京都手入, 三六七
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- 土佐
- 守
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- 松平慶永
- と山内豐
- 信
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- 第二章條約勅許の奏請第四節諸大名の京都手入
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- 三六七
注記 (21)
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