『維新史』 維新史 2 p.376

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に及んでは、陶所は在京の水戸藩士鵜飼吉左衞門, 次に池内陶所は專ら水戸藩の京都手入の周旋に任じてゐる。陶所は名は奉, に齊昭の京都手入は、鷹司政通を通じて爲されたことは勿論であるが、一は陶所, 上諸家の子弟にして業を陶所に受けた者も亦多かつた。而して國論沸騰する, も測り難き故、陶所を以て内々申入れ置くべきを命ずるや、陶所は吉左衞門の依, 頼によつて右の直書を宮と實萬との内覽に入れて、其の注意を促した。要する, を通じて爲されたのであつた。又翌五年の初、水戸の茅根寒緑, 直書して、青蓮院宮・三條實萬は英明の質なれば、幕府より如何なる處置に及ぶや, 海屋に師事し、尋いで知恩院宮尊超法親王・青蓮院宮尊融法親王の侍讀となり、堂, 時、通稱を大學と云ひ、文化十一年京都商賈の家に生れたが、早く學に志して貫名, 門に對して、將軍繼嗣として一橋慶喜を推擧したき旨を述べ、其の斡旋方を囑し, 藩と朝臣との聯絡に任じたのであつた。安政四年の末、徳川齊昭が吉左衞門に, へた書中に、陶所の行動を録して、, 來るや、陶所は又直ちに宮に懇請し奉つた。當時同志の星巖が佐久間象山に與, との關係によつて、專ら水戸, より吉左衞, 伊豫之, 安政五年二月, 介、泰, 二十四日附, 信, 知, 池内陶所, 第五編朝幕の乖離, 三七六

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  • 伊豫之
  • 安政五年二月
  • 介、泰
  • 二十四日附

頭注

  • 池内陶所

  • 第五編朝幕の乖離

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  • 三七六

注記 (25)

  • 1278,566,58,1399に及んでは、陶所は在京の水戸藩士鵜飼吉左衞門
  • 1723,630,66,2213次に池内陶所は專ら水戸藩の京都手入の周旋に任じてゐる。陶所は名は奉
  • 696,563,64,2288に齊昭の京都手入は、鷹司政通を通じて爲されたことは勿論であるが、一は陶所
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