『維新史』 維新史 2 p.402

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麻呂遺跡の調査を依頼に及んだものであらう。, 恐懼措く能はず、直ちに尾州の慶恕に此の間の事情を, 先比近衞殿へ參殿之節、御内々相伺候趣者、今度異船渡來之儀に付、節儉被仰出、, 右に付御所向殊之外之御取縮め被仰出、少々之儀も難相調、別而御不自由に被, 御手元御不自由之趣相伺申候。勿論右府公仰にも、關東に而者左程之事とは, 呂謫居の遺跡を踏査せしめた。これは齊彬の忠熙を訪問するに先立つこと十, 外之御樂しみ御座候處、五ケ年之間者御斷に相成候而、何之御慰も無之旨、其外, 候よし。是迄も別而御不如意に被爲入候而、御慰事も年々兩三度之亂舞、殊之, 爲入、無據御好之品等も出來兼候に付、御内々にて右府公より御進獻等も御座, 數日前の三月十五日に、朝廷に於かせられては清麻呂に對して護王大明神の神, 號を賜ひ、正一位を授け給うたので、齊彬の來訪を機として、恐らくは忠熙から清, 不思召委細御存しも無之、全御附之面々等、關東へ之御奉公振に取計候事と思, 其の際皇室御窮乏の御有樣、天皇御日常の御不自由なことどもを具に拜聞して、, 安政元年三月齊彬は參勤の爲に出府したが、又途中京都に入つて忠熙に〓し、, 第五編朝幕の乖離, 四〇二

  • 第五編朝幕の乖離

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  • 四〇二

注記 (16)

  • 1368,591,58,1344麻呂遺跡の調査を依頼に及んだものであらう。
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