『維新史』 維新史 2 p.421

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三三月二十二日の内勅, の結果であつた。されば當時直弼は主膳の京地に於ける奔走に對しては、特に, 其の勞を多としたものの如く、二月二十六日附の主膳宛の手簡には、, 府に委任し、條約を勅許あらせらるべき議を關白が強硬に主張したのも、實に其, と迄、之を稱揚してゐる。, 白鷹司政通は條約贊成派であつた。然るに三月に入ると共に、二人の態度は全, 堀田正睦が上京した當時に於いては、關白九條尚忠は條約拒否派であり、前關, 扠此度上京、其詮有リテ關白殿御大悦、生タ書状と被仰、何か御内談御叮嚀之義, 腕と辯舌とに魅せられて、愈〻南紀黨支持に傾くに至つたのであつた。外政を幕, 共ニ有之由、厚御禮取計可申候。尤初は交易地を初、中々六ケ敷候處、遂ニ關東, へ御任セニも相成可申御模樣、重疊之御義、是全ク先生が精忠拔群之骨折故之, 斯くて關白は直弼の直截簡明な血統論と將軍の内意と、及び主膳の策士的手, 事、我等迄も御稱シニ預り候は面目不過之候。(井伊家祕書集録), 左内と鷹, 司政通, 第三章將軍繼嗣問題の紛爭第三節内勅の降下, 四二一

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  • 左内と鷹
  • 司政通

  • 第三章將軍繼嗣問題の紛爭第三節内勅の降下

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  • 四二一

注記 (17)

  • 588,974,55,719三三月二十二日の内勅
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