『維新史』 維新史 2 p.422

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て一橋黨たらしめるのに成功したのであつた。, に憑つて之に對抗する以外に途なしとなし、急遽政通への入説に著手した。斯, 旋に依つて翌十三日諸大夫小林民部權大輔とも會見を遂げて諒承を得た。而, くて三月十二日、先づ鷹司家侍講三國大學を訪れて繼嗣問題を説き、更に其の幹, 左内は尚忠の變説を以て南紀黨入説の結果なりとなし、事是に及んでは前關白, の意見を民部權大輔を經て政通に具申することに努め、遂に政通・輔熙父子をし, して左内は直ちに書を江戸に送つて、慶永をして政通に懇請させると共に、自己, く一變するに至つたので、繼嗣問題も亦當然波瀾の生起を免れなかつた。即ち, 等に倚つて内勅降下のことに奔走し、在京水戸藩士の鵜飼吉左衞, て江戸の形勢を見れば、松平慶永は尾州の徳川慶恕に對して〓りに勸説に努め、, 又田安家家老水野忠徳・同朝比奈昌壽等に旨を含めて、其の主慶頼を動かすこと, 軍御臺所より養父近衞忠熙宛の書状を携へて上京し、清水寺の僧月照, 一橋黨の運動は啻に左内一人に止まらなかつた。西郷吉兵衞は三月上旬將, 父子も亦青蓮院宮・三條實萬に慶喜擁立のことを入説した。轉じ, 老女村岡, ・同幸吉, 門, 近衞家, 津崎, 矩子, 信, 向, 明, 知, 忍, 知, 運動, 一橋黨の, 第五編朝幕の乖離, 四二二

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  • 津崎
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  • 運動
  • 一橋黨の

  • 第五編朝幕の乖離

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  • 四二二

注記 (30)

  • 935,573,54,1347て一橋黨たらしめるのに成功したのであつた。
  • 1505,572,62,2289に憑つて之に對抗する以外に途なしとなし、急遽政通への入説に著手した。斯
  • 1277,567,59,2291旋に依つて翌十三日諸大夫小林民部權大輔とも會見を遂げて諒承を得た。而
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