『維新史』 維新史 2 p.430

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

至つたのである。, 正睦は慶喜擁立の意を胸中深く潛めてゐたものの如く、事情報告の爲に己れに, 日には、山内豐信と共に伊達宗城を訪れ、現下の大計は先づ條約を締結して、專ら, 先んじて歸府せしめた岩瀬忠震に對してすら、繼嗣の内勅を祕してゐたのであ, つたが、やがて井伊直弼が大老となるに及んで、率直に慶喜擁立説を披歴するに, 送つて、今般勅旨に基き條約問題に關する意見を徴せられるであらうから、其の, 降下の状を知悉するを得たが、正睦が内勅を祕せる意中の程を忖度して、或は歸, 際過激の暴論を唱へざるやうにとて其の自重を促し、尋いで十三日には、曩に歸, を嘗めた正睦としては、あり得べきことであつたと思はれる。併しながら當時, 府せる左内をして鎖國意見を抱懷せる平岡圓四郎の蒙を啓かしめ、越えて十八, 府の曉、〓如之を披露して事を瞬時に決するのであらうかと考へ、只管正睦の著, 府を待望しつつも、依然運動を繼續してゐた。即ち慶永は四月九日、慶喜に書を, 飜つて江戸に於ける一橋黨の形勢を見るに、左内及び三國大學に依つて、内勅, 内政改革を斷行するにあることを論じた。これ皆一橋黨が條約問題に關して, 府と一橋, 正睦の歸, 寫, 第五編朝幕の乖離, 四三〇

頭注

  • 府と一橋
  • 正睦の歸

  • 第五編朝幕の乖離

ノンブル

  • 四三〇

注記 (19)

  • 1292,589,53,463至つたのである。
  • 1626,591,64,2276正睦は慶喜擁立の意を胸中深く潛めてゐたものの如く、事情報告の爲に己れに
  • 352,590,63,2272日には、山内豐信と共に伊達宗城を訪れ、現下の大計は先づ條約を締結して、專ら
  • 1509,589,67,2276先んじて歸府せしめた岩瀬忠震に對してすら、繼嗣の内勅を祕してゐたのであ
  • 1394,594,66,2272つたが、やがて井伊直弼が大老となるに及んで、率直に慶喜擁立説を披歴するに
  • 693,586,71,2279送つて、今般勅旨に基き條約問題に關する意見を徴せられるであらうから、其の
  • 1042,592,68,2280降下の状を知悉するを得たが、正睦が内勅を祕せる意中の程を忖度して、或は歸
  • 582,583,66,2286際過激の暴論を唱へざるやうにとて其の自重を促し、尋いで十三日には、曩に歸
  • 1740,593,64,2275を嘗めた正睦としては、あり得べきことであつたと思はれる。併しながら當時
  • 468,588,64,2276府せる左内をして鎖國意見を抱懷せる平岡圓四郎の蒙を啓かしめ、越えて十八
  • 927,591,67,2282府の曉、〓如之を披露して事を瞬時に決するのであらうかと考へ、只管正睦の著
  • 810,590,67,2280府を待望しつつも、依然運動を繼續してゐた。即ち慶永は四月九日、慶喜に書を
  • 1157,654,69,2214飜つて江戸に於ける一橋黨の形勢を見るに、左内及び三國大學に依つて、内勅
  • 240,586,63,2273内政改革を斷行するにあることを論じた。これ皆一橋黨が條約問題に關して
  • 1156,333,40,165府と一橋
  • 1200,334,41,164正睦の歸
  • 1112,332,39,36
  • 1863,732,49,473第五編朝幕の乖離
  • 1856,2371,43,122四三〇

類似アイテム